ES細胞
「全能性」か「多能性」か、再生医療が私たちに問いかけるもの
8.
若者に絶望感をもたらす生命操作
いのちの過程に科学がどんどん介入している現在というのは、倫理的にいって不安な時代です。そこに生きている人間は、自分のいのちが自分の知らないところで操作されていると感じ、大きな不安を持って生きることになります。
最近、十七歳の少女が書いた小説『イノセントワールド』を読んでいると、「人のいのちが軽く扱われ、人のいのちがクローン化され、人が道具のように見なされる」ということが切実な実感として書かれてありました。
我々は、そういう感覚を現代の若い人たちはもっているということを、もっと直視しなければならないということを思っています。若い世代がもっている「自分のいのちがどこかで操作されている」不安は、援助交際といった倫理的にいって理解しにくい問題とつながりがあると思うからです。
作者の桜井亜美は、援助交際的な世界を体験した少女であります。そうした少女たちが、生命が操作される社会のなかで、いかに絶望感をもっているかということがよく表れています。「モラルのない世界の中で生きているという感覚、いのちが軽々と扱われているという感覚、いのちを操作できる技術があり、薬があり、そういうものを使いながら生きている人間がいる」、つづいて、少女は「あたしという合理的帰結性ゼロの偶然の産物」という。ここの主人公は体外受精で生まれたということが小説上で設定されています。
親との結合が、人としての人生の条件というのは問題がありますが、親との不可視的なつながりという感覚をもてない若者が多くなって、そのことが社会に広がることは、大きな問題だと思います。現在の生命科学の技術と発展に内在する倫理的問題は、当事者のみならず、社会的な影響があるということを深刻に受け止めなければいけないと思います。
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