医療は地域文化-医療と仏教- (4)

田畑正久 (佐藤第二病院医師) 

 ●患者の物語

診察室で訴えとして表白される言葉は、患者を主人公として語られる物語です。対話を通して、病気の全体像がイメージされていきます。場合によれば、全人的なその人の生活歴、人生観、価値観まで推察される対話が必要になることもあります。医療者は、想像力をはたらかせて患者の生活の全体の物語を構築していきます。客観的検査データをも取り入れて、患者の全体像を把握し、診断・治療へと結びつけていくことになるのです。

 治癒していく病気では、対話不足も大きな問題になりませんが、治癒できない場合や、死に結びつく病気の場合は、その受容が大きな課題となり、十分な対話を欠くことはできません。対話をし、物語を共有することが患者のみならず家族や縁者、そして医療者に大切なこととなります。生きていくこと、死んでいくことの物語を共有できたときに、患者が最後まで生き切ることを関係者が支えることが可能になる、と思うのです。まさに地域文化の課題であります。

 

 ●専門化、細分化

  日本では戦後、医療の分野では細分化が進み、狭い分野での専門家が尊重される雰囲気ができていました。そのために、最新の知識や先端技術を学び、多くの経験を積んで競争していくことになっていました。

 医療が専門化し、細分化すればするほど、病気や病変の局所の情報が尊重され、多くの知見が積み重ねられ、病気の機序や病態については、より詳しくなってきています。そのことで、検査、診断、治療の進展が見られ、その恩恵も多くの人が享受できるようになってきました。

 大学病院で外科の仕事をしていたときに、麻酔のために術前訪問に来ていた麻酔医が、ある病棟のことを「あそこは無医地区ですからね」と冗談を言うのです。聞いてみると、専門分野のことは詳しいが、全身管理が疎かになっていると言うのです。麻酔をかけるためには、患者の全身の把握が必要です。術前訪問は、まさに患者の麻酔管理をしっかりするために、前もって全身の診察、検査データの確認をするのです。ところが、病気の局所についての検査、所見は十二分に調べられているが、全身の診察、検査が十分になされていないことがたびたびあって、「要注意」と麻酔医の間で言われているというのです。医師の数に不足はないのですが、「無医地区」と言われるのはそのためです。

 この冗談が象徴的であるように、専門化、細分化は局所の専門家を育てるシステムとしてはよいのですが、患者の全体をみるという視点では、多くの問題を内包しています。このことに気づいた医療界は、二〇〇四年度から、新しく卒後研修制度を義務化して、患者の全体を診察できる医師の養成へと二年間の研修制度を始めました。今後、実のある制度にしていくことが期待されています。

 


 
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