通信・コミュニケーション:
『ドラえもん』には携帯電話が出てこない。インターネットも出てこない。
この二大ツールは、80年代以前のSFが予測し損ねた未来像の代表である。『ドラえもん』も、この例からは外れなかったということだ。むしろ、作者がSF世界に深い造詣があればこそ、逆にそこから逃れることができなかったのかもしれない。
では代わりにどんなコミュニケーション方法があるかというと、そこは子供向け漫画。『糸なし糸電話』である。
今時糸電話も無いだろう、と思われるかもしれないが、これがなかなかどうして高性能だ。通話口(コップ状の部分)の片方からモシモシというと、話者が糸電話の中に吸い込まれて、もう片方の通話口からにゅっと出てくるのである。
話者を一度分子レベルに分解し、その構成情報を信号にして反対側に伝え、瞬時に再構築していると考えるとわかり易い。
だが、使い勝手はイマイチで、出口となる通話口はあらかじめ目的地(例えばしずかちゃんの部屋)に置きに行かなくてはいけないし、複数の場所に電話をかけたい場合は、かけたい場所全部にその通話口を置いてこなくてはならない。当然自分の側の通話口も、同じ数だけ増えてゆく。
ハイテクを駆使している割には、イタズラ以外の使い道を考えるのが難しいのだ。所詮は子供のオモチャなのだろう。
これに比べるとやや一方的なコミュニケーションとなるが、『声大砲』という道具もある。
メッセージを伝えたい相手が遠くにいて連絡が取れないとき、言葉を弾にして大砲で相手の所へ飛ばすのである。作中では、釣りに行ったパパに「会社で大事な用がある」「すぐに課長に連絡を」というような内容のメッセージを飛ばしていた。
「音なので壁も突き抜ける」というドラえもんの説明を踏まえて原理を想像すると、空気の振動を固定し指向性を強めて、目的の場所でその作用を解除する、といった辺りかと思う。
が、これも日常的には使いづらい道具である。そもそも相手がどこに居るか分かっていなければ使えないし、一々その相手に向かって照準を合わせる必要があるらしい。
さらに、何とかメッセージが伝わっても返信手段がない。結局この後パパは、川を離れて電話を探しに行かなくてはならなかった。『どこでもドア』で直接言いに行くほうが、はるかに効率的である。
こうしてみると、リアルタイムな通信手段としては携帯電話を上回るものはちょっと考えにくい。時間差を無視できるなら、否、時間差を有効活用するという意味で、eメールもかなり便利なツールだ。こういったものに比べると、ドラえもんが出す道具は、双方向のコミュニケーションよりは一方的な、言ってしまえばのぞきかイタズラ専用に近いものが多い。
実際には70年代、80年代にも携帯電話という発想は当然あったと思うが、それが数々の作品に現れることが無かったのは、道具としてあまりに面白味がないからであろうか。