練習Tips

あなたの練習に役立つ…かもしれない話。

練習負荷

結論:72時間おき。1時間走って、2時間歩いて、休め。

世間様では
 わたしが使ってる入門書によると(内山雅博「42.195キロの走り方」フォーユー1987年…古いです)。とはいえ、基本的なところは、現代も大差ない。「休養も練習のうち」「(初心者レベルなら)走るより歩く(LSD)ほうを多めに」ということは、この当時も今も変わらず。
 「「1日走る+1日LSD(LongSlowDistance:長距離を早歩き)+1日休養」x2セット+1日休み」というペースが基本。肉体のレベルに応じて、距離のばしたりスピード増したりで負荷を高める、ってことを推奨してる。初期には5km走+10km歩(2h歩)、中期には10km+10km歩(2h歩)、後期には10kmタイムチャレンジ(ぶっとばし)+10km歩(2h歩)、といったように。
 「3時間切ろう」も「とにかく初完走」でも、「練習投下時間」というワクは、大差ない。消費される運動エネルギーの量はとうぜんダンチガイだけど。
 肉体の細胞分裂速度=回復力=化学反応の速度だから、練習の加速度じたいは変えようがないってことでしょう。市民ランナーの場合、練習に回せる時間の総量じたいも限度がありますし。
 運動強度の目安としては、早歩きを1とすると、自転車高速巡航(18km/h)が2、ゆるゆるジョギング(10km/h)は3。(このテの数字は美容減量[ダイエット]でおなじみ。「食品栄養成分表」女子栄養大学の付録部分などに詳しい。その転載が各種ダイエット本にワンサカ。耳タコですいません)
某実例・学生時代
わたしのさいしょのフル完走に合わせての練習は。
 2日ごとに10km走。これを30回(つまり2ヶ月)。加えて、本番3週間前と2週間前にハーフ計2回。
 これだけでフルマラソン完走。月間積算距離からして4時間台ってのは、順当なところ。…とはいえ、練習量の不足は、出るところには出る。心肺と筋肉はついてこれたものの、足裏のヒフがついてこれなかった。足のツメ2枚はいで、足裏の皮を指の付け根部分(=カカトと土踏まず以外)をぜんぶ剥いて(水ぶくれが連結してズル剥けになった)、1週間の包帯生活。まめに毎日1万歩あるいてれば、マメ生成&破水もなかったことでしょう。
某実例・計画
「年齢、言いたくない」という年齢です。くりいむレモンをリアルタイムで18才未満で見た世代です(藁)。ふたたびフルマラソンを走るにあたって策定した練習強度は、
  1.  2日ごとに10km歩く。これを2週間。
  2. (2日ごとに10km)x3+1日休み。…上半身筋群の強化が必要と分かり、次に移行。
  3. (10km走る+上半身筋トレ+休み)x2+1日休み。筋トレではなく弓道場で弯くときも有り。
というものでした。じっさいは、下記のとおり。計画どおりにゆく計画なんて、ない。
某実例・実際
 オーバートレーニングに陥ちてはふりだしに戻るの繰り返し(だから“おれんすごっこ”はやめろって)。「よいこはマネをしないでね」の典型例ですね。はっきし言って、バカすぎ。
 練習の停まる外乱要因として最大のものは、オーバートレーニング。次は、精神的に停まったとき。けっきょく楽しくなきゃ続かない。
 一種のデザインですね、練習メニューを考えるのって。資源の最適配分。筋繊維と赤血球をいかに効率よく増やすか。肉体をいちど損壊しないと増えない、でも損壊しすぎるとそのまま壊れっぱなし。2週間ダンベルふりまわせば筋肉ムキムキな青春学園(架空世界)の連中がうらやましいかぎり。
時期体調強度効果
2002年04月〜05月歩けるが走れない。昨秋に痛めた左足首に疼痛が残る。ふくらはぎの最太部にてのひらをあてると、親指と小指が反対側でくっつく。(1日11km歩く+2日11km自転車)x2+1日休み順調に回復
2002年06月〜07月2kmは走れる。問題なく歩ける。突発的に100km歩いてみようと思いつく程度には回復。練習なし。梅雨のち酷暑のため練習せず。日常生活だけでも、じゅうぶんに負荷。
2002年08月100km歩失敗の結果、足のツメを2枚はいだ。記録的な酷暑。いっさい練習ナシ。ダメじゃん
2002年09月前半足のツメを2枚はいだ。その回復中。2日ごとに11km歩また走るための準備
2002年09月後半〜10月前半かろうじて走れる。2日ごとに11km走
 165km/月
順調に回復、でもオーバートレーニング気味。
2002年10月後半〜2003年11月前半生活環境の変化で、精神的にめげる。練習なし。単純にさぼり。
2002年11月後半〜2003年12月気をとりなおして再戦。ふくらはぎと腹筋で走ってるようなもの。足底筋、ハムストリングス、すね前面、など、のきなみ筋肉痛悲鳴状態。2日ごとに11km走
 165km/月
順調…チョーシこいて鉄アレイ2kg持って走ったら「ラクダの背を折る藁」、過負荷ヒザ痛める。
2003年01月オーバートレーニングでヒザ痛、練習を減らす。4日ごとに11km走
 82.5km/月
館山若潮23を完走。代償は足ツメはぎ4枚、歩行困難7日。
2003年02月〜03月ヒザ痛どうしようもなく2日ごとに11km走
 165km/月
ヒザ痛重症、軟骨が刺すように痛い。とうとう練習中止。後日知るが、十字靱帯断裂の寸前。
2003年04月〜11月前半歩く分には支障なし。冷夏でヒザがしくしく痛む。9月の声を聞いてから、夏が来た。太陰暦かよ。練習なし。正直、マラソンはあきらめた。残暑のおかげで体重大幅減少(-5.5kg)。
2003年11月後半〜2004年03月前半駅の階段を駆け上ったら、ホームに出るまえにハムストリングスが吊った。片足で18秒立ってたら足が吊った。市民スポーツセンターで体力測定したら、判定は50〜70代相当と出た。1日11km走+1日筋トレ+1日完休
 110km/月
 少々勉強しました。定量的な食事管理と、上半身の筋トレを導入(ってダンベル体操ていど)。指宿菜の花23完走(1月前半)までは快調。
 以後、冬ぶとりで体調低下、せっかくの夏やせ分が帳消し。佐倉朝日23完走(3月前半)で、精神的に停止。
2004年03月後半〜04月肉体は悪くない。精神面で停止。週イチで11km。
 月間44km
冬ぶとりのまま体重落ちず。
2004年05月多忙にかまけてお休み。梅雨が前倒しで五月晴れに恵まれなかった…関係ないけど。まったく、なし。冬ぶとりのまま体重落ちず。
2004年06月〜07月ふつう。以後の季節も前倒し、カラ梅雨は台風でつじつまあわせ、ほどなく記録的な炎暑に。3日ごとに11km
 110km/月
体重は落ちない。体脂肪率が-4%落ちて固定。
2004年08月前半100km歩踏破後の影響が残る。なし3日間足をひきずる、1週間足首の腫れが残る、1週間完全休養。
2004年08月後半100km歩踏破後の影響が残る。11km/週。100km歩いた以外、この月は33kmしか走ってない。とりあえず10kmは走れるが、ハーフ(21.1km)やったら、足首は壊れるっぽい。夏やせ-2kgの影響で、体が軽い。