Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
子戻り唄 
 


      




 濃青の空を満たすうららかな日和に穏やかな波。亜熱帯の航路は時折雨も降るため、飲料水にも困らない順調さ。頬を撫でてはゆきすぎる潮風も心地よく、船の揺らぎが格好の揺り籠のようで、ついついうつらうつらと甲板で舟を漕ぎたくもなる昼下がり。子守歌か、もしくはお念仏のように、遠く近くで"眠れ眠れ"と囁く潮騒の単調なリズムがふと盛り上がって、
「かっ…!」
 ガバァッと飛び上がりながらの"覚悟しろ"だか"観念しな"だか、雄叫びらしき怒声の最初の1音が完全に出切ったかどうかも判らぬ間合い。宙を鋭く鉤型に引っ掻いて閃いたのは日本刀の鞘で、その先の鐺
こじりで顎をしたたか殴り上げられた男が、まるで鯉の滝登りのように更に宙へと高々と跳ね上がり、そのまま後ろざまに海へと墜落してゆく。図体があった分、もんどり打った海面に弾けた水しぶきは結構派手だったが、船縁近くに居なければ波の音に紛れて気づきもしなかろう。
「ご苦労なこった。」
 響きのいい低い声でボソッと呟いて、喫水の高いキャラベルの船腹を昇って来るのに使ったのだろう、船端の手摺りに食い込んだ鉄の鉤爪を苦もなくもぎ取ると、ちょうど水面から顔を出した賊の頭上へポポイッと落としてやって、作業終了。そんなタイミングへ、いつもの定位置になっている舳先の羊の頭の上から、
「? なんだー?」
 呑気な奴からの呑気そうな声が投げられたが、
「何でもねぇよ。」
 こちらもいつもの体で、小バエでも追ったくらいのノリで応じてやる。うるさいハエには違いない。刀を抜いて叩き斬るまでもないハエだ。放っておいても大した害はないが(ないか?)昼寝の邪魔になる。そう言いたげな仏頂面で甲板の隅に再び座り込み、がっちりした肩を欄干に凭れさせ直す剣士の様子に、たまたま中央キャビンの調理場の窓から一部始終を見ていたコック氏が、煙草をくわえた唇の端を持ち上げて苦笑を見せた。
「性懲りもないモグラ叩きだが、入れ替わり立ち代わりで来る別々の相手に、学習能力は期待出来ないからなぁ。」



          ◇



 総員5名というから驚くほどこぢんまりとした世帯だが、にもかかわらず、名のある海賊たちを当たるを幸いに(幸い?) 次から次へバッタバッタと (死語?) 薙ぎ倒して来た、最近めきめき売り出し中の海賊団。それが"麦ワラのルフィ"こと、モンキィ=D=ルフィをキャプテン船長に据えた、彼ら『ルフィ海賊団』である。頭数こそ片手で収まるほどながら、三刀流の賞金稼ぎとして東の海イーストブルーでは知らぬ者のいないほど名を馳せた海賊狩りの剣士・ロロノア=ゾロに、別名"海賊レストラン"バラティエで若い身ながら堂々と副料理長を務めていた"戦うコック"のサンジ、八年もの長い間を荒くれ揃いの海賊を相手に女盗賊稼業をたった一人でこなしていたナミに、度胸と腕っ節はイマイチだが射撃とメカニカルな仕掛けでの後方支援と尻に帆かけた逃走は任せろ
おいおいのウソップ…と、顔触れは錚々たるもの。そんな彼らに、小者の賞金稼ぎや海軍の末端支部あたりの巡回船などが時折ちょっかいを出して来るのは、堂々とどこの海賊団かを示すシンボルマークを兼ねた海賊旗を掲げているのだから"何かの間違い"ではない筈で。単なる出合い頭や通りすがりというパターンの場合、人数が人数だし、全員が若造でそれほど大した面子には見えないせいもあって喧嘩を売られるのだろうが、彼らの戦歴をちゃんと知っていてさえ勘違い野郎や向こう見ずたちがわざわざかかって来るのは、海軍が彼らにかけた途方もない懸賞金の額のせいだ。4つの大海の中では比較的平和で穏やかだと評されるイースト・ブルーで一番高額の三千万ベリー。かつて…途轍もない破壊力と海に適応した特殊能力を使って海軍の艦隊をことごとく海の藻くずに葬り去り、無敵のままイースト・ブルーを制覇せんと構えていた魚人海賊のアーロンでさえ二千万だったのだから、この破格さがイコール彼らの想像を絶する破壊力を示してもいて、人は見かけによらないという言葉の等身大の実際例というところか。他方で…もしかしてたとえば何かの間違いで、見かけ通りの他愛ない輩たちかも知れないと踏んだらしい、大勘違い野郎な挑戦者も少なくはない。たとえ賞金額が"間違い"でも、本人に手配書を熨斗のし代わりにつけて持ってけば額面どおりの賞金はもらえるだろうからと、文字通り金に目がくらんだ輩の来訪が後を絶たないという訳で。そんな連中の狙いはまず間違いなく、手配書に名指しで顔が記されている、まだ年若い船長の首である。海軍関係の隠れようもない接近はメインマストの見張り台に任せるからともかくとして、小船で音もなく近づいて来る輩もある。小者ならではの姑息な小細工ではあるが、そこは相手も場数を踏んでいるというもので、結構油断のならない手合いもいる。そういう輩には…甲板での昼寝を習慣にしているせいでいやでも真っ先に気がつくらしい剣士殿が、大騒ぎするほどのこともあるまいと、文字通り水際で叩いて駆除している模様。特に庇おうとかフォローしてやろうという気構えがある訳ではない。たいがいの事態を自分で何とか出来る奴だ。ただ、あまりにも無防備で無頓着なために、こちらから腰を上げさせる結果を導いているだけのことだろう。(それと…些細なことであればあるほど、当人に任せたがために状況がややこしくこじれた実績が多々あるのも、そうさせる要因の最大の理由なのだが。)
 実際の話、随分と変わった船長だ。まず、最大の特長は"悪魔の実の能力者"であること。実際に本人と付き合ってみると、そっちは単なるオマケだとやがて判ってくるのだが、まあとりあえず解説をば。悪魔の実には色々あって、嵐を呼んだり火を吹いたり、相手を操ったり自分の身体を自在に変化させたりという、様々な"人ならぬ能力"を食べた者に与える。が、その代わりに、呪いとして海に嫌われ、海中に没した身体から力を奪い取ってしまう。早い話、海へ落ちたら最後、もがく事さえ出来ぬまま溺れてしまうのだ。偉大なる航路・グランドラインが生んだ代物だというのが定説だが、詳しいことはあまり知られていない。で、彼らの船長が喰ったのはゴムゴムの実。全身が限りなく自在に伸びるため、打撃攻撃や弾丸砲撃に強く、押し潰されることもない。そんな利点を駆使した様々な戦法を自分で編み出した上でしっかり身につけているその上に、途轍もない馬鹿力の持ち主で、それらを生かしてこれまで訪れた数々の危機をひょひょいっと乗り越えて来た強者つわものでもある。そんなせいか、無茶や無謀、向こう見ずや無鉄砲は数え切れずで、何でそういう方向や方法をわざわざ選ぶ?!という、突拍子もない驚天動地な言動も数知れず。一緒にいる者は寿命が縮む体験のし放題で、いつぞやもウソップが嘆いていた。
〈いつもいつもよくもまあ無事で済んでるよなぁ、俺たち。〉
 まったくである。…それはともかく。
おいおい 凶暴強大な敵を前にした"ここ一番"という場に於いて、事態の行方をその双肩に任せられる…という信頼を、こちらもそれぞれ半端ではない面子揃いの仲間たちから寄せられていながら、日頃の日常茶飯ではそりゃあもう、この不景気の御時勢には気前が良すぎるほどに景気よくボコボコボコボコと抜けまくっていて、もはやすっかり足の踏み場もない状態。こらこら お宝には関心が薄く、それよりも"冒険"(時々"悶着"と同義)が大好きで、屈託なくよく笑い、びっくりするほどよく食べる。トレードマークの麦ワラ帽子がたいそうよく似合う、少年どころかまだガキのまんまみたいな奴だが、海賊王になるんだと大きいことを放言し続けているだけの実力はあって、悪魔の実の能力に頼ってばかりはいないし、ただの向こう見ずともどこかが違う。どういう根拠の上にかは判らないが、大きな自信や揺るがぬ自負があって、仮に力不足で野望ゆめや勝利に届かなくても、戦った上での結果ならそれまでのことだと、生命を奪られてもやっぱり呵々(かか)と笑っていそうな奴だ。
『あんの馬鹿がっ!』
『まったくもうっ、何を考えてるんだかっ!』
 波乱や悶着という災難を招くような何かしらをしでかす毎
ごとに、仲間たちの口を衝いて飛び出す決まり文句ではあるが、まるきり何も考えていない訳ではあるまい。でなければ、こうまで人を惹きつけたりはしない。人の話は聞かないわ、状況への洞察というものは知らないわ…で、そりゃあもう大雑把で鈍感だのに、大事なものは見落とさない。肝心なことはいつだって何も言わないが、誇りや意地の価値や、他人の痛みをちゃんと判っている。大津波が押し寄せる前の海のような、静かに張り詰めた真顔から爆発する怒りの気魄の凄まじさは、海王類さえたじろがせるほどだ。打算や小利口な猪口才を知らない分、馬鹿は馬鹿でも一本気な馬鹿のまんまで強くいられる羨ましい馬鹿。だから…誇り高き者たちは、彼のそんな小気味の良さについつい惹かれてしまうのかも知れない。ややもすると強引な仲間集めに、標的にされた達人たちが渋々折れてしまうのも、こういう彼に見込まれたということが"…ま・いっか"と思わせてしまうからだろう。(そして後になって散々後悔するのでもあった。こらこら


TOP / NEXT ***


back.gif 1/