Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
子戻り唄 
 


        




 今日の戦闘
バトルの切っ掛けは、たまたま航路がかち合った"出合い頭"という代物。ドクロマークの海賊旗を掲げ合ってる以上、こっちはともかく向こうは黙って素通り出来なかったらしい。結構な手勢を繰り出して来て、しかも何人かがゴーイングメリー号へまで上がり込んで来たから威勢はいい。大概は触れもせぬ間に斬られるか蹴られるか、予想外の距離や方向から繰り出されるパンチを受けて吹っ飛ばされるのがセオリーだからだ。それも"十把ひとからげ"という、大層ぞんざいな扱いで。
「哈っ!」
 惚れ惚れするほど際立った強靭な体躯は日頃の鍛練の賜物。がっちりした肩に撓やかな肉置きししおきの厚い胸と広い背中。よくよくバネの利く鍛え上げられた両腕にそれぞれ一本ずつ、そして口にも一本、合計三本の日本刀を配してのゾロの"三刀流"は、だが、よほどの多勢や強敵、手っ取り早く方をつけたい時に限って繰り出される代物だ。(ちなみに、真剣本気で気合いを入れての立ち会いでは、その構えの上に、二の腕に巻いた黒い手ぬぐいを、鉢巻きを締めるような格好で短く刈られた頭に巻く。)よって…刀を二本しか使っていない今は大した相手だとは思っていない彼なのだろう。切られたことよりも、撓しなる腕から炸裂する斬撃の勢いに圧されて、大の男たちが軽々と吹っ飛ぶ様は壮観の一言。
「このクソ野郎どもがっっ!」
 一方、戦うコック・サンジの必殺技は"蹴り"で、さしてごつくもなくカミソリのようにシャープな身体から繰り出される"踵落とし"やアッパーキックは、だがだが野牛並みの重量級の相手でも自在に仕留めてしまう一撃必殺の凄まじい威力。その他大勢は華麗な開脚旋回による蹴りで一気に調理…もとえ、跳ね飛ばす効率の良さだ。コックは手が生命だから…と足技に磨きをかけた凶暴なフェミニスト(只今、デザートのババロアの仕上がり待ち中
おいおい)は、にやにやと楽しそうに暴れているところを見ると、こちらも余裕で立ち回っている様子。…という訳で、
「うぬぬぬぬ〜〜〜っっ!」
 こちらの手勢を甘く見たか、それともそうでなくとも相当自信があったのか、最初こそ敵船に躍り込むほど威勢も良かったものの、ほんの十数分で形勢逆転し、ともすれば圧され気味になって来たことへ、とうとう敵方の頭目が唸り声を上げた。
「たった5人だぞ。5人のガキだぞっ。しかも甲板にいるのは3人だけだってのに、てめえら何を手古摺ってやがるんだっ!」
 麦ワラ帽子をかぶったドクロマークは結構噂になっていたが、赤丸急上昇中…ということは、急すぎて詳細は曖昧だということでもある。名だたる海賊団を次から次へと撃破していることとか、仲間内にあの海賊狩りのゾロがいるということまでは何とか伝わっているものの、こうまで少人数でしかも自分の息子くらいの年代のガキ揃いだとは直接対峙した今の今まで知らなかった。…いや、今のところはまだ未婚の頭目殿らしいが。
おいおい 道化のバギーや海賊艦隊を率いていた無敵のドン・クリークは、一体どういう油断をしていてやられたんだろうか? それとも"負かされた"とした方が外聞的にみっとも良いような、別の関わりとか何かしらの経緯いきさつがあったというのだろうか?なんだそりゃ 山羊のような顎ヒゲを撫でつつ余裕で踏ん反り返り、自船の主甲板で戦闘の一部始終を見やっていた頭目は、この劣勢に地団駄を踏みかねない様子で腰の剣に手を掛けると、ここでの攻撃が忌ま忌ましい敵たちに届くとでも言わんばかりに切っ先を振り回そうとするから、
「わわっわっ!」
「お、お頭っ、落ち着いて下せぇっ!」
 部下たちにしてみれば、これぞ正しく"前門の虎、後門の狼"だ。…ちょ〜っと違うかしらん?
おいおい …と、
「うわあぁっっ!」
 一際大きな喚声と共に、手下たちが十数人ほどまとめて船外へ弾き飛ばされた。
「あれは…っ。」
 さっきからも開脚回し蹴りやら三刀流の旋回斬りやらで船外や海へと軽快に跳ね飛ばされていた様子ではあったが
おいおい、今吹っ飛ばされたのはそれらとは明らかに違った方法であり、
「な、何だっ、ありゃあっ!!?」
「お頭っ!」
 信じられないものを見た手下たちが、救いを求めるように、もしくは今の現象を"現実なんでしょうか?"と確認を取るように頭目へ声をかける。何しろ、甲板の真ん中にいた…どう見ても一番の小僧
こわっぱだった相手方の船長が"えいやっ"と振り出した脚が、するするっと十数メートルという長さに伸びてゆき、乗り込んでいたこちらの仲間たちを一気に船外へ掻き出してしまったのだから、こ〜れはいきなり信じろと言う方が無理な話。頭目までもが一時は言葉を無くしたが、
「あれは…悪魔の実の能力じゃあねぇのか?」
 眉を寄せた後、ほほぉと感心したような声を出して"にやり"と笑ったその頭上。彼らのシンボルマークであるぶっちがいの骨とドクロのブラックジャック、それも…丸いマスクで口元を覆ったような奇妙な骸骨の海賊旗がはためいていた。



          ◇



「おっとぉ…っ。」
 蛮刀閃く混戦の中、ゾウリ履きの若船長殿が船縁から宙へと身を乗り出したのは、攻撃を受けた弾みで宝物の麦ワラ帽子が飛ばされたのを追ってのこと。打撃系には無敵だとはいえ、斬られればそれなりの怪我もするというのに、何とも無防備な手ぶらのままで、振り下ろされる剣や刀の上下左右を見事な絶妙さで掻いくぐって見せていたルフィであり、
「危ねぇ、危ねぇ。」
 宙空を泳ぐ帽子を腕を伸ばして掴まえて、次いで身体を支えるためにもう一方の腕をマストや手摺りへからませるべく長々と伸ばす…のがいつもの段取りだったのだが、
「…っ!」
 いつもの十八番で腕だか足だかを伸ばしかけた彼が、何故だかその動きを凍りつかせた。ほんの一瞬の間合い。だが、そのタイミングのずれは…そうは見えないながら実は常に大きなリスクを背負っている彼の"運気"の均衡を、軽々と悪い方向へと傾けるには充分過ぎる代物だった。

「…えっ?!」「な…っ!」「おいっ!」「ルフィっっ!」

 仲間内の誰もが自分の目を疑った。彼の身体が、どこにも掴まらず何の支えもないままで勢い良く宙空へ躍り出し、そのまま落下しかけたからだ。彼の抱える事情を良く良く知る仲間たちがこの事態の危険さへ我がことのように青ざめたその同じ瞬間、当の本人はワンテンポ遅れて現状を察知したらしく、咄嗟すぎて理解が追いつかないのか、
「………あ?」
 何とも間の抜けた声を残して、すとーんっと眼下の海面へ急降下して行ったから、
「おいっ!」
「ああっ!」
 戦闘モードに於いて一番腕の立つ二人が顔を見合わせて了解し合う。日頃は一対一になると、
〈んだと、この野郎〉〈上等じゃねぇか、こら〉
とばかりに相手の喧嘩腰な挑発へあっさり乗っかって突っ掛かり合うことの方が多い彼らだが、緊急事態
エマージェンシーの真っ只中で、しかも事が船長のピンチとあれば、話の通りが高速通信ADSLばりにおいおい素早くなる。見交わした視線ひとつで、
"ここは任せた、俺はルフィを助けるから。"
"おうさ、任せとけ、早く行きな。"
 こうという心情が一瞬で通じるツーカーの仲になるから不思議なもの。これもまた、彼らが互いに一線級の闘士であるからこそなのか…と、そんなことをつらつらと言ってる場合じゃない。船端に近かったゾロが、丁度相手をしていた賊へ手加減なしの容赦ないとどめを叩きつけ、それを反動代わりに船縁に足をかけて乗り上がる。刀を素早く鞘へと収め、大体のアタリをつけてから、
「ルフィっ!」
 後を追うように海へと飛び込んだ。目配せからここまでにかかった時間は2秒もなかった素早さだ。全身で風を切ってのダイビング。陽射しに灼かれて乾いた潮風の中へと躍り出した身体が、次の瞬間、水の感触にくるみ込まれる。こんな時でなければたいそう心地良い瞬間なのだが、それも今はさておいて。
"どこだ…。"
 陽射しが明るい分、海中も見通しは良く、少しばかりキョロキョロと見回しただけで、頭の帽子を片手で押さえてゆっくり沈んでゆくルフィが先の方の水中に見えた。
"…チッ!"
 海に落ちた彼がどうなるかは、既に何度か実際に見たことがあって知っている。全身から力が抜けてゆき、もがくことすら出来ぬまま、自力では浮かび上がれずに海底へ沈んで行ってしまうのだと。何度見てもいい気はしない。野望の途中で戦って死ぬのなら本望だという気概は同じだから、今更無茶をどうのこうのと意見する気はないし、それ以前に説教なんてガラではなく、同じ穴の貉である自分には恐らくは資格もないと思う。だが、だからこそ…あれほどの奴が選りに選って海に呪われているというのがどうにも歯痒くなる。
"待ってろよ。"
 逞しい腕が水を掻いて後を追う。もう意識がないのか、身動きひとつせずに沈んでゆくそのスピードは、たいそうゆっくりゆっくりで、すぐにも追いつけそうだと思っていたのだが、
"………ん?"
 何か訝おかしい。不意に遠くなったような気がする。と言うよりも、
"あいつ、あんな小さかったか?"
 水にハタハタと泳ぐ服のあそびが多すぎないか? 大切な宝物だから失
くすまいと麦ワラ帽子を押さえている手も、帽子に比して…心なしかえらく小さくなってやしないか? そうこう思った途端、
「…げっ?」
 今度はいきなり我が身が重くなって、コントロールが利かなくなったからビックリする。いや、重くなったのは身体じゃなくって…。
"刀が重い?"
 腰に三本下げている日本刀。それがいきなり錨のような重さと化して、海中へ自分を引き摺り沈めようとしているのだ。海へ飛び込むのに、何でこんな重たいものを…船に外して来なかったの? あまりの突発事だったから、いつもの冷静で的確な判断力が働かなかったの? そうお感じになるだろう方々もあろうが、彼にしてみればそうではないらしい。そんな馬鹿な、こいつらは身体の一部で腕の延長で、ないと落ち着かないくらいすっかり身体に馴染んでて…と、現状への納得の行く正解を、すなわち"何かの間違いじゃないのか"という別な要因を見つけようと、頭の中を一所懸命に掻き回している。だが…残念なことに、どうやら"現実"は彼の希望する範疇から大きく外れていたらしく、
「#九@4〓◎★…っ!!」(注;文字化けではありません。
こらこら)
  Q;気が動転したまま、足のつかない深さの水の中にいるとどうなるか。
  A;はっきり言って溺れます。
 ただでさえパニック状態に陥ったその上に、その原因となった…重しと化している刀が容赦なく彼の身体の自由を奪っていて、まるでゾロの方こそが悪魔の実の呪いに呑まれたかのよう。
"な、なんでだ…っ!"
 とりあえず海面に戻って体勢を立て直すべきだという結論が見えた頃には時すでに遅く、詰めていた息が限界を示して、意識がふっと何処
どこやらかに没しかかっていた。

   …………………………………………………………。

 実は一瞬後なのか、それとも数分後のことなのか。薄れかけた意識のピントがふわ〜っと戻って来て、現状との向かい合いを再開してくれた模様で、
"…え?"
 後ろ襟を掴まれての後ろ向きの曳航というやりようは、乱暴だが理にはかなっている。そういう状況におかれた自分というものを把握したゾロは、
"ああ、誰かが助けてくれたのかな。"
 真正面に向かい合う格好になった空の蒼穹を見上げながら、ひとまずはホッと息をついた。楽観主義なのは今に始まったことではなく、さりとて昔はもうちょっとは用心深かったような気がする。強くなった分、自信がついた分、警戒対象へのレベルが変わったのかも知れないし、どんな事態へも"結果オーライ"で善しとする傾向の強い、今の仲間内のカラーにしっかり染まってしまいつつあるのかも。朱に交われば赤くなるとはよく言ったものだ。
こらこら とはいえ、状況判断への冴えは衰えてはいないその証拠に、
"誰か…………………って、誰だっ?!"
 やっと我に返ってギョッとした。無理から首をひねって見やった鼻先には見覚えのある麦ワラ帽子。…ということは?
「なんだ、気がついてたのか。」
「ル、ルフィ…?」
 肩越しにこちらへと振り返ったのは、助けなければとその後を追った、カナヅチの船長、当の本人ではないか。よくよく見やれば…自分の刀三本もその背中に背負っていて、だのに、まるきり平然とした様子でぐんぐんと泳いでいる。こちらの顔つきから何かを察してか、
「泳げてるんだ、不思議だろ?」
 嬉しそうに口の両端を上げて笑い、それはにこやかに言う彼だが、
「不思議ってことより、お前…なんか訝しいとは思わんのか?」
 その姿はどう見ても十歳にも満たない小さな子供だ。面差しがあまりにも変わりなかったがために、直感も手伝ってルフィ本人だと即座に判断したゾロだったものの、これは一体どうしたことか。そうと訊きつつ、
"…って、まさか。"
 いやな予感がして、改めて自分自身の手や胴を見回してみる。真っ先に視野に入ったのはこちらに手のひらを向けた小さな手。そして…いつもなら二の腕で留まっているものが手首まで手ぬぐいが落ちているということは、幾回りも細くなってしまったらしい腕。ぶかぶかに余ったシャツにずり落ちかけている腹巻き。(…よくもすっぽ抜けて脱げんかったね。 重しの刀が通ってたのに。
こらこら
"こりゃあ…。"
 そう…自分もまた身体が"子供"のそれに変化しているようだと、それはそれは恐ろしいことを確認してしまった彼であり、さしもの"海賊狩り"も目を剥いて驚愕の表情を見せたものの、
"そっか。だからさっき刀が重かったんだ。"
 いやはや冷静だねぇ。さっき溺れかかったことで、肝と一緒に頭もうまいこと冷えたのかもね。それとも、溺れかかるほどのパニック起こしたことでもう気が済んだとか。
おいおい 訊かれたルフィはといえば、
「ああ。小っちゃくなってることだろ?」
 こちらも、一応、現状把握はしているらしい。どうやらゴムゴムの実を食べる以前にまで戻ったらしくて、だからこそ"泳ぐことが出来る"という理屈も判っているようで。だのに、ちっとも慌ててはおらず、むしろこういう奇妙な体験が出来たことを面白がっているように見える。
「これでもフーシャ村じゃあ大人より泳ぎが上手かったんだぜ?」
 自慢げにそんなことを言って、なんとか岩礁を見つけ、そこへと辿り着く。小さくなった身体にはブカブカな服のあちこちを、タオルのようにねじって丸めてギュギュウッと絞りながら、
「ゴムになる力はなくなっちまったみたいだが、ま、命拾い出来たんだから儲けだ。」
 あまりにあっけらかんと言うものだから、いつもの事だと判っているのに今日も今日とて、
「お前なぁ〜っ。」
 ついつい呆れて唸ってしまうゾロ(現在、小さいお兄ちゃん
ぷくく)であった。


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