Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
子戻り唄 
 


        




 一方、窩
アジトの中の牢に放り込まれていた仲間たちも、船長たちを案じつつ、子供返りした我が身を嘆いていた。
「おおぅっ!! ナミさんっ、愛らしいっ♪」
「そんな事を言ってる場合かっ!」
「どーすんだよ、どーすんだよ、おいっ! 俺たち、こんな小せぇガキにまで戻っちまってよっ! オマケに、ルフィもゾロもどっか行っていねぇんだぞ! こっからどうやって逃げ出すんだよっ!」
 …一部訂正。嘆いているのはウソップだけのようだ。元はどこぞの領主の別荘か、それとも海戦用の橋頭堡として建てられた城だったのかも知れない海賊たちの塒
ねぐら。四方八方を取り囲むのが海なせいか、石作りの牢獄は何だか湿っぽくて、もしかして時々大潮に沈んでいるのかも知れないと思わせるほど侵食激しく、壁や天井のそこここが…サンジが子供に戻っていなければ一蹴りで逃走路を確保出来たろうほど、どっかの誰かさんのようにボコボコと抜けている。おいおい 岩壁のあちこちにフジツボなどなども見受けられ、向こうの通りではかさこそとヤドカリが闊歩往来しているのも見受けられ、こうまで侘しい一隅に放り込まれては、とてもじゃないが落ちついてなんかいられないのも判らんではない。だが、
「大丈夫だ、心配すんな。」
 十歳かそこらのお子様が、声変わり前の声でこんな風な一丁前な台詞を口にする…なんてのは、想像するとちょっと笑える構図だが、自分の姿は見えてないんだから、本人たちには一向に支障はないんだろう、きっと。
おいおい ナミからしっかりと小突かれても"女性に叩かれるのは痛くない"と一向にめげないミニチュア・ラブ・コックことこらこらサンジ氏は、泡を食っているらしいウソップの様子にふんっと息をつくと、苔むした岩牢の床に座って…こちらもあちこち盛大に折り返して袖をまくったり裾を上げたりした服のポケットを小さな手でまさぐった。
「こんなになった俺たちを放り出したり殺したりせずに捕まえたってことは、海軍に渡すかその筋の賞金稼ぎに売り飛ばすか、ともかくすぐには殺すつもりはねぇってことだ。」
 ぶかぶかすぎて脱いでいたジャケットのポケットに、彼が探しているのはもしかして…。一方、
「確かにそうよね。利用価値があるからこそ、わざわざ連れ帰ったってことだわ。」
 サンジの言いようが即座に理解出来たのだろう。ナミもその見解には相槌を打つ。ルフィが海へ落ち、それをゾロが追った直後、こちらの3人も突然"子供"に変化してしまい、相手の頭目の指揮の下、ゴーイングメリー号ごとこの窩
アジトまで連れ込まれてしまった。捕らえられたのは何が何だかと混乱していた隙を衝かれたようなものだが、今は…少なくともサンジとナミは比較的落ち着いていて、お人形のように小さくなった指先を宙で振り振り、
「けど、全員一緒にしておくなんて、いくら子供だからって…舐められてるんだか抜けているんだか。」
 ナミがそんな風に続けたものだから、ウソップが聞き咎める。
「? どういうこったよ、そりゃ?」
「こうやって監禁って形で拘束する場合、手間はかかるけど出来るだけバラバラにしておくものよ。」
「力を合わせられると困るからか?」
「それも勿論あるけど、仲間が無事なのかどうかが判らないってことで心配させて抵抗する気持ちを封じるの。逃げ出すにしても、仲間がどこに居るのかを探さなきゃならないでしょ? だから、外へまで出てくのに余計な時間が掛かってしまって、もう一度捕まえることがしやすいわ。無論、一人で逃げたら置き去りにされた仲間からは恨まれるでしょうしね。」
 さすがは頭脳派盗賊だっただけのことはあって、そういう手管にも妙に精通しているお嬢さんだ。とはいえ、
「ま、海賊同士ならそういうトコまでは考えないかな。」
 自分たちはともかく、この時代の海賊に信頼関係だの仁義だのがあろう筈もないかと息をつき、
「くぉ〜らっっ。」
 ミニチュア・サンジがくわえようとした煙草を目にも止まらぬ早業で没収。
「? ナミさん?」
 そのままのポーズで固まったままキョトンとする小さなコック氏に、こちらも充分に幼く愛らしい笑顔で一言。
「子供がタバコなんか吸うもんじゃないわ。引っ繰り返るわよ?」
 おしゃまな言いようがこれまた何ともチャーミングで堪
たまらない。サンジ少年の目もたちまちハート型になって、
「心配してくれるなんて光栄だなぁ♪」
 …やってなさい。でも、彼の煙草ってどうやって補給してるんだろう。お宝と一緒に略奪してるのかな? 新聞屋さんのように小売担当の鳥とか海獣とかがが売りに来るのかな? それとも"わくわく栽培キット"か何かあるのかな?
こらこら
「けど、子供と言えば、このままじゃ賞金は下りないんじゃねぇのか?」
 ウソップにはまだ心配があるようで。…でも、それってあんたが心配してやる事じゃあないんじゃないかい?
「政府の触れ書きには子供だなんて書いてないぜ? 子持ちだともな。」
 そりゃそうだ。いくらなんでも、今のあんたたちみたいな大きな子供がいる年頃じゃあなかろう。
「ここの奴らにせよ、俺たちを買い受けた奴にせよ、懸賞金を貰いに行ったところで"ふざけた真似をすんじゃねぇ"って追い返されるのがオチなんじゃねぇのか?」
 そうと続けた後を受けて、
「そりゃあ余計な心配だな。」
 おおうっっ! 一応は居たんかい、見張り役。鉄格子を挟んだ間近で上がった知らない声に、ウソップは"どっひゃ〜っ"と飛び上がって驚いたほどだが、それだけ存在感がなかったということではなかろうか。そんな奴が見張りってのは、あんまり"適材適所"とは言えないような…。
「ウチのお頭は"子戻り唄のソーパ"って言ってな、どんな荒くれだろうが、武器や武術の使い手だろうが、いっぱしに強くなる前のガキに戻しちまえる秘術が使えるんだ。」
 自慢げに教えてくれたのは"いかにも手下"という風体の、風采の上がらぬ男である。格子の向こうの、それも片手で首根っこを掴み上げられそうな子供が相手だとあって、今更何かを知ったところでこの立場では反撃も対策も取れまいと油断しまくっているのだろう。
「特にお前らみたいな賞金首は持って来いの獲物だ。政府に何割引きかで渡すも良いし、競りにかけりゃあもっと高く売れる。さっき子供のままじゃまずかろうなんて言ってたが、ボスが近場でクシャミをすりゃあ、それで術は解けるんだよ。」
 我がことのように偉そうに解説してくれた下っ端男のお言葉に、
「…ほほぉ?」
 サンジ少年はちょいとばかり目を見張って妙な関心の気配を示した。ハクション大魔王ですかい?
う〜ん、ちょっと違うかも…。


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