Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
子戻り唄 
 


        




 とにもかくにも状況の整理だと、青空の下で昼下がりの乾いた陽射しを浴びつつ、ちょっとした小屋ほどの大きさがある岩礁の陰の窪地に二人は座り込んだ。この組み合わせの場合、本来なら本能でただちに動き出すのがセオリーなのだが、いくら何でもあまりにもこんななので
おいおい、一体何がどうなっているのか、せめて足元くらいは固めたいと思ったゾロなのだ。…で、ルフィが言うには、そもそも妙な声がどこからか聞こえて来て、それに気を取られたがためにうっかり海へ落ちたらしい。
「なんかの呪文みたいな、変てこりんな声だったんだよな。」
「あんなタイミングによそ見する奴があるかいっ。」
 まあまあ。あんたたちの船長の注意力がどっか変なのは、いつものことじゃああーりませんか。いつぞやだったかも、敵方のパワーアップのための催眠暗示にしっかり影響受けとったし。(あれはあれでお得な効果があったが。)
「けど…呪文だと?」
 一旦は怒鳴ったものの、ゾロの方にも心当たりがあるらしい。
「俺もなんか聞こえたような…。」
 視線の先には岩礁を洗うように打ち寄せるさざ波。だが、彼の目はそんなものには留まっておらず、自分の脳裏の記憶をまさぐっている。罵声や怒号が入り交じっていたその中に、それらとは調子の違う何かしらの声がしたような。そして、この現状だということは、
「………もしかしてあっちにも"悪魔の実の能力者"がいたってことか?」
 呟いたゾロへ、ルフィはいかにもワクワクっと無邪気な関心が涌いたらしい目を向けて来て、
「凄げぇな、ゾロ。なんで判るんだ?」
「………。」
 二人しかいない今、自分がしっかりしなくては…と律義にも(それとも健気? 果敢?
こらこら)思ったかどうかは定かではないが、久し振りに一対一で差し向かったことで"ああこういう奴だったよな"という手ごたえをしみじみと噛み締め直したゾロである。物事への把握が比較的一般人に近いナミが加わって以降は、常識面での手綱取りを彼女にすっかり任せ切り、自分もまたこの船長とおっつかっつな破天荒や唐紙破りのやり放題をしていたもんねぇ。ま・今ここでそれを取り沙汰しても始まらない。何とか気を取り直して説明を始めるゾロだ。
「ほら、手下どもが全員、妙なものを持ってたろう。」
「そうだったか?」
 そう。バンダナやサッシュに挟んだり、拳銃の薬莢用のベルトに差していたり、中には耳の上に御用聞きのボールペンのように挟んでいたりと
おいおい、身につけ方はばらばらだったが、どこかに必ずあるものを装備していたのだ。2つ1組の細長くて短い棒のようなもの…鉛筆キャップのようなものを。こらこら
「あれは、もしかすると耳栓だったのかも知れねぇ。」
「耳栓?」
「ああ。いつかの催眠術師みたいなただの思い込みや暗示じゃなく、聞いた奴が本当に子供になっちまう能力なら、自分の味方まで子供にしちまっちゃあ困るだろうが。だから、敵にだけ聞かせるために手下どもは耳栓を持ってたんだろさ。きっと船長…頭目が能力者だったんだ。」
 おおっと賢い。…いや、決して馬鹿だと思ってた訳じゃありませんが、日頃のあなたってば…ちゃんと状況判断出来る冷静さとは裏腹に、どこか直情的で、すーぐ"斬り込む"という一手しか思いつかん人だからさぁ。
「それにしても…。」
 ルフィからはゴムゴムの実の能力と呪いが消えた。自分が刀の重さから溺れそうになったのも、単に体力が子供のそれになったからではない。剣術を本格的に学び始めていた頃なら、このくらいの重さ、負担でもなんでもなかった筈だ。
「ただ"子供"にするんじゃなく、色々と出来るようになったことを消して、出来なかった頃まで戻すって術なのかも知れないな。」
 どえらいのを相手にしちまったようだな…という感慨もひとしおに、そんな推測を口にしたゾロだったが、
「???」
 やっぱり通じていないらしくて、
「だ・か・らだな〜っっ。」

 …十数分経過。
(こういうことに要領がいい訳ではないゾロ氏の説明に、飲み込みの悪いルフィという組み合わせなため、ずんと時間が掛かっているものと思って下さい。)

「じゃあ十年くらい若返っちまったってことか。」
 ゴムゴムの実を食べたのは7歳くらいだったからな…と言うルフィで、いや…何年若返るかではなく、何歳に戻すかという効用かもよと、ゾロはそう言うとるのだが。…で、ここでちょっと計算をば。ゾロ氏は現在十九歳だそうで、十一月十一日生まれのさそり座。…いや、それは今は関係ない。あの剣術道場から旅立つ日に、師範から"あれから8年経つんですねぇ"と声をかけられている。だからと言って単純に8年引けば良いというものではなく、彼は時々"長年海賊狩りをやっていた"と口にする。若い人の"長年"はびっくりするほど短くて、ほんの2、3年前を"昔"なんて言ったりしてたりもするんだが、恐らくは彼の場合も似たようなものだろうと思われる。…って言うか。私としては初登場の彼を見た時に絶対二十代だと思っていましてね。お酒もいけるクチらしいし、長年云々という発言と相俟
あいまって、二十四、五歳くらいかなぁ?と思ってた。だったら十五、六で世間に出たとしても十年近くは世渡りをしている勘定になるから、それで納得していたんだが………何と十九歳。あんたも3、4年を"長年"扱いするクチだったのね。
"………剣術を身につけ始めた頃、か。"
 ちょこっと感慨深そうに考え込んだのは、かの親友と出会ったばかりの頃ではなかったかと思い出しでもしたのだろうか。
「ゾロ?」
「…いや、何でもねぇよ。」
 それどころではないのは百も承知。大体、このままではその親友に会わせる顔がない。…どうでも良いが、彼らはすっかり小学校低学年体型になっている。だのに、会話の口調は元のまま。無邪気な船長さんは日頃の悪態や啖呵もどこか標準型で、崩して凄むというようなガラの悪いところはなかったから(行儀はすこぶる悪かったが…)、そのままの口調でこの姿というのにも違和感は少ないが、いぶし銀の一匹狼だった余波で、口の利き方も随分砕けてたりぶっきらぼうだったりした剣士さんの方は…ちんまりと腕白そうなお姿にはまるきりそぐわない喋り方がどうにも違和感大爆発である。腕を組んで考え込むというポーズも、なんかどっか変で、どうかすると子供のパフォーマンスのようで可愛かったりするから…困ったもんで、
「あはは、小っちゃくなったよなぁ、お前。」
 いつもの余裕綽々・威風堂々からはすっかり掛け離れた幼なさのまま、されど態度は偉そうなのが、見ている分には珍しくも愉快なのだろう。斟酌なく笑いながらぽんぽんと短髪頭を軽くはたいてくるチビ船長に、
「お前もだろうがよっ!」
 当然のことながらむっかりと来て言い返しているが、キッズ漫才をやっとる場合かい、お二人さん。



          ◇



 ブカブカになった服は漂着物のロープであちこち縛ったり絞ったりして調節した。曳航されてったらしくて愛船が見当たらず、着替えが手元にないからだが、
"ゴーイングメリー号にも子供服は乗せてねぇぞ。"
 だろうよねぇ。靴も大きいので脱いでくくって、ズボンは裾を随分と折り返して…というよな簡易の応急処置をする。思い切りよく千切ったりしないのは、もしかしてひょんなタイミングで元に戻ったら、小は大を兼ねないがために大いに困るからだが、
「まさかずっとこのままなのかな。」
 そんなことを言い出す船長へ、それでは困るというのに…少しは落ち込むとか焦るとかしろよなという憤慨を込めて応じてやる。
「さあな。時間が経てば戻るのかも知れんが、最低でもあいつを倒さにゃ戻れねぇのかもな。」
 ゴーイングメリー号がいないということは、他の仲間たちも連れ去られているということで、
「あいつらもガキに戻されちまったんだろうな。」
 後を任せたサンジは、日頃ついついいちいち喧嘩腰で挑発し合ってしまうほど頼りに出来る凄腕だ。…って、複雑なんだね。弱いと見た相手には洟も引っかけないんでしょうから、これもまた信頼というか評価している気持ちを折って畳んだ裏返しなんだろうけれど…。それに、いざとなればウソップやナミもあれでなかなかの活躍を見せる筈。いくら戦力が半減以下と化したからといって、そんな彼らがそうそうあっさり倒されて捕まったとは思えない。多勢に無勢となったらなったで、ルフィやゾロの行方は後から探しに来ることにして一旦逃げるという手もあろうが…自分たちがこんなであることを考え合わせると、子供にされた身では大した抵抗も出来なかったに違いないと偲ばれて、
「どうでも乗り込むしか無さそうだな。」
 刀とそんなに変わらない背丈になり、声もすこぶる幼いのに、台詞はなかなか"一丁前"だ。…で、相手の本拠は、
「ああ、あそこだ。」
 これまた無造作にルフィが指さした先は本当にすぐそこ、視野のど真ん中であり、
「…あそこか。」
 確認しながらゾロは少々脱力した。そう、目と鼻の先。子供の力ではさして遠くまで行ける筈はないのだから、現場からはそうそう離れていなかろうと思ってはいたものの、
「っていうか、相手の庭先だった訳だな。」
 航路の先に、まばらに緑の生えた小さめの島として見えていたそれが、実は相手の海賊たちの窩
アジトであったらしい。えらい場所で遭遇したその上、その後の一連のごちゃごちゃを、その真ん前で繰り広げていたことになる。…まあ、事情が判らない者がひょっこり見る分には、子供の会話にすぎない代物なんだけど。でも、ただの子供達がこんな海のただ中を通りすがったり、そんな場所で悠長に遊んでたりするだろうか。こらこら
「じゃあ行くぞ、」
 その本拠、水上の居城へ泳いで向かおうとする彼らである。三本の刀は腰ではなく背中に背負った。
「刀、重いんじゃねぇのか? 手伝おうか?」
「大丈夫だ。」
 さっきと違って最初からの覚悟があるから、今度は何とか持ちこたえられる。
「それより…お前こそ、その帽子、落とすんじゃねぇぞ?」
 そこまでのフォローはしてやれないからなとクギを刺す。小さくなっても、いや…だからこそ"お兄ちゃん"なんだね、いやまったく♪


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