“蜜月まで何マイル?”より


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 よく"鍵をかける、鍵を開ける"という言い方があるが、正確には"錠"を開け閉めしているのだということは、皆さん、ご存知だろうか。ドアや箱に取り付けられて、しっかり戸締まりしている方。肝心な警護セキュリティを担当している方だというのに、鍵とセットになった錠前の方は結構忘れられがち。鍵は身近に持ち歩く方だから…なんだろうか。"鍵"は開けることを許された者であるという証明にもなるもの。そんな意味の方ばかりが先走り、錠との整合性よりも個人の識別へと進化して、IDだの指紋や眼底識別だの、果てはDNA登録なんてものまで出て来そうな勢いで………頑張れ、錠前くんっ! 君がしっかりしてなくちゃ話にならない。どんなに先進の鍵システムが開発されても、どこぞの豪力者がぱかっと力任せに開けちゃった日には、とんだ三文コントになってしまうんだぞ?
あはは かように、鍵だけ無事でも金庫ごと持ってかれたら意味はないんですがね。おいおい(あと、強引にバールか何かで叩き壊されるとか。こらこら
 鍵と言えば、ヒントという意味にも用いられる。キーワードという単語があるくらいだから、外国でも同様に。何かを導き出すもの。謎を明らかにする手掛かり。



 昼間の海は"光の海"だ。海面にまるでモザイクのように光の破片を一杯含んでいて、それが速い船足に置いてかれて後へ後へと飛びすさる様は、舳先から見ていると爽快の一言に尽きる。顔を髪をさわさわと撫でつけるようになぶって吹きすぎる潮風に、御機嫌な顔でいたルフィだったが、
「う〜ん。」
 そんな声に気づいて羊の頭から飛び降りる。
「…う〜ん。」
 さっきからずっと、何事かに唸り続けているのは、このゴーイングメリー号が誇る、世界一の航海士…になる予定の肝っ玉お姉さん・ナミだ。せっかくのいい天気なのに何が不満なのか、オレンジに近い明るい色をした髪を、時に掻き毟
むしり、時に揺さぶって、
「う〜ん、う〜ん。」
 さっきからずっと唸っている。
「どしたんだ、ナミ。」
 ぺたぺたと草履を鳴らして歩み寄りつつ声をかけると、
「判んないのよ。」
「何が?」
「これよ、これ。サンジくんやチョッパーにも探してもらってるんだけど、あんた、心当たりない?」
「…これって、鍵だよな。」
「そうよ。」
「ここにあるのに、探せってか?」
「…ええ。」
「それは無理な相談じゃないのか?」
「………なんでかしら?」
「だって、もう此処にあるんなら、他のどこにもない…。」
 肩やら拳やらがわなわなと震え出したナミに気づいて、
「ルフィ、それ以上何か言って怒らすな。」
「え〜、何が?」
 これが洒落やジョークからの揚げ足取りならともかく、本気で言ってるらしいから困りもの。逞しい腕を伸ばして来て"ほれほれ…"とルフィのシャツの襟首を掴み、有無をも言わせず引き摺るようにして二人をやや強引に引き離したゾロの処置は、まあまあ穏便な方…というところだろうか。
「…ったく、どこまで本気の暢気者なんだか。」
 今のは相手がちょっとおバカだっただけで、からかわれた訳ではないのだと、自分で自分に言い聞かせてのクールダウンをしつつ、それでも…ため息をついたナミである。そうして再び手のひらに見下ろしたのは、一本の鍵。
「ホント、これって一体どこの鍵なのかしら。」


            *


 毎度お馴染みゴーイングメリー号は、今日も今日とて…今のところは平穏な航海の真っ只中にある。これでも週に一度くらい、多い時は3日に一度の割合で、海軍や賞金稼ぎ、海賊などなど、所謂"敵"の襲来を受けもするのだが、そんなものは彼らにとって、一種のエクササイズか消耗品の補給チャンスでしかないと来るから豪気なもんだ。
おいおい
「あら、別に略奪なんかはしてないわよ?」
「そうそう。俺たちは"モーガニア"じゃあないからな。ちゃんと"ちょうだい"って言って"良いよ"って許可もらって、それから積み替えてるもんな。」
 ナミとルフィの言いように、ゾロが顔をしかめて呆れている。
「…そういう問題か?」
「まあまあ、あの二人に誰が逆らえるって言うんだよ。」
 ウソップの言う通りですぜ、旦那。ルフィやチョッパーはナミに"そういうもんだ"とまんまと言いくるめられているのだろうし、もう一人の男衆はナミに骨抜きのラブコック。そして…ルフィの言うことには、不平を鳴らしつつも結局のところ、従うというのか聞いてやるというのか、大甘な対処を取ってしまう誰かさんと来てはねぇ。これはもう一種の…立派な不文律だと言うしかない。
「あのままあれが当たり前の常識なんだって覚え込んじまったら、先々でルフィが困るだろうがよ。」
 お、出ましたね、保護者発言。
「けどよ、ルフィの最終目的は"海賊王"なんだぜ? それでなくたって、今更真っ当な船乗りにはもうなれっこないんだし。」
 なんたって賞金首だもんねぇ。
「う…。」
 選りにも選ってウソップに理屈で負けてるようだから、ゾロとしてもどこかで何かしら判ってて言ってた不平だったらしい。根が真面目で純情な元賞金稼ぎ。まったくもって色々な人たちが乗ってる船である。
(笑)
「ごちゃごちゃ言ってねぇで手伝えよ、二人とも。」
 二人の傍ら、ルフィと二人で大きな木箱をせっせと自分たちの船へと運び込んでいるのが、そのラブコックことサンジである。
「いやぁ、今回は野菜を沢山積んでる船で助かった〜。」
 …なんて言ってるくらいだから、ナミの言いなりってだけでもなさそうな彼だが。


            *


 そういう訳で、荷物の増減も結構頻繁。何かの拍子やどさくさ紛れに、正体不明なものが紛れ込む可能性は大いにある。
「ウチの船の装備なのか? 他の船から失敬して来た鍵だとか。」
「もしくはただのレプリカとか。」
「それはあるかもな。何かごてごてと賑やかだし。」
「ば〜か。装飾が豪華っていうんだよ、こういうのは。」
 キッチンのテーブルに置かれた一本の鍵。いかにも普段使いの風情を見せての、黒っぽいつやのある加工をされた鋼製ではあるものの、それにしては手の込んだ細工がなされてある逸品。ごく普通のタイプのものであるらしく、細い棒の、先には長四角の平たい出っ張り、持ち手にはクローバーに似た形のやはり平たい板状の飾り。そして、持ち手の部分は勿論のこと、鍵穴へ突っ込む方の出っ張りにも綺麗な透かし彫りが施されてある。
「けど、思いつく限りの箱やらドアやら、全部当たってみたんだろ?」
 お暢気な船長や大雑把な剣豪にはご遠慮いただいて、正確には…参加させると邪魔をしそうなルフィのお守り&見張りを、ゾロの愛情と手腕に任せ切って
(笑)、その間にサンジとウソップが船倉全てを、ナミとチョッパーはキャビンの全てを、丸々半日かけて隈無く捜し回った。それでも該当するような錠前が出て来なかったのだから、
「やっぱりただの飾り物か、若しくはお宝を頂いたどさくさに鍵だけもらって来ちゃった不手際ってトコでしょね。」
 ナミがそうと結論づけて、この鍵は"鍵"としての意味はなさないものということで片付けられることとなった訳だが。
「けどそれってさ、もしも貰い忘れとか紛れ込みだとしたら、どこかの船では、箱だかドアだかが開かなくて"鍵がないっ"っていう大騒ぎになってんじゃないのか?」
 とんだ笑い話だよなとウソップが笑う。
「そうか? 案外、錠前の方を叩き壊して済ましてんじゃねぇのか。」
 サンジはさらりと現実的なことを言うが、
「そうとも限んないぞ。中に入ってるものが壊れやすい細工ものとかだったら、そおっと開けなきゃなんない訳だからさ。」
 チョッパーの慎重で奥の深い答えには、成程なぁとルフィが感心する。すると、
「じゃあ、クギ抜きや糸ノコで、そおっと分解すれば良いんじゃねぇのか?」
 おんやぁ? こんなことを言い出す辺り、剣豪さんもシェフ殿同様"叩き壊す"派のご意見らしい。意見が合うなんて珍しいですねぇ。
「けど、お宝箱はたいがい鋼が噛ませてあるからな。」
 樽の箍
たがなどに見られるような、金物による補強を言いたいウソップであるらしい。宝箱や金箱は、そう簡単に壊れないようにと頑丈に作るのが基本な筈だ。
「…う〜〜〜ん。」
 そうか、それは困るよなぁと、男衆の全員が一斉に首をひねって唸ったのを見て、ナミは…天井へとため息を投げて呆れた。
"ここにない、それもよその奴らのお宝の心配してやってどうすんだかね。"
 ぷぷぷ、まったくだ☆


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