E “蜜月まで何マイル?”より


          6


 それは…何と表現したら良いのだろうか。
『……………。』
 皆が皆、打つ手のない八方塞がりに息を詰めて黙りこくっていた。大切な、大好きな、お日様みたいな船長が、どうやったら眸を覚ましてくれるのだろうかと。何故また、こんな不可思議な災難に呑まれてしまったのか。その"切っ掛け"についてを穿
ほじくり返す者は、それこそ何故だか一人もいなくて。そんなことを今更どうのこうのと弄ったところで、何の解決も呼ばないし、気がついたらこの爆睡状態だった彼だと、一番傍にいた剣豪が言う以上、他の誰にも心当たりなぞそうそう浮かばないからだ。………と、
『…?』
 ベッドのすぐ脇に両手をチョコンと乗せて、ルフィの顔色や容体をじっと見守っていたチョッパーが、ふと、小鼻をひくひくと震わせて首を傾げた。
『? どした?』
 それへと真っ先に気がついたサンジが声を掛ける。
『うん。あのな、何か遠くからの声が…。』
 鼻も良いし、気配にも敏感。そんな彼だからこそ感じることの出来た何か。それを説明しようと、肩の向こうへと振り返った小さなトナカイドクターだったが、

  『…っ!』『えっ?』『な…っ!』『うそっっ!』

 そんなチョッパーの方を、その場にいた全員が…眸を大きく見開いて凝視したから、
『???』
 一体、何が…?と、キョトンとしながら彼が再びルフィのいる方向へ顔の向きを戻したのとほぼ同時、

  『……………っ!』

 ひょんっと。何かが頭上を勢いよく掠めてゆき、同じくらいの勢いで元の場所へ飛び込むように駆け戻った。瞬きする間ほどのほんの刹那。皆とは立っていた位置や目線の高さ、その方向が唯一違ったチョッパーには、そういう"気配"だけしか感じられなかったのだが、
『な、なんだ? 何か通らなかったか? 今。』
 そうと訊いた彼に、訊かれた皆が言葉もなく"あわあわ"と…後にも先にもこうまで驚いた顔は見たことがないほど、所謂"絶句"の状態を呈して見せた。
『どうしたんだよ、何があったんだよ。』
 重ねて訊くと、やっとのことで、
『鍵が…。』
 サンジがこちらを指さして見せる。
『鍵が吸い込まれて行ったんだ。』
『鍵…。』
 言われてみれば、ナミがその手に持っていた例の"鍵"がない。床に落としたなら、フローリングに当たってそれなりの音がする筈だが、そんな物音はしなかったし、見回したどこにもない。
『吸い込まれて…って。どこに?』
 小首を傾げるチョッパーへ、
『そこだ、そこ。』
 今度はウソップがやはりこちらを指さした。
『ルフィの身体ん中だよ。』
『え? ………えええぇぇっっ?!』
 がばっと振り返ったベッドの上。ルフィは、だが、先程と何ら変わりない寝相のままに昏々と眠り続けていて、
『身体ん中って、どうやって。』
 よく意味が分からないらしいチョッパーに、だが、
『いや、どうやってと言われても。』
 ウソップもサンジも、顔を見合わせると言葉を濁した。


            ◇


「よっし、見てな。」

《あ、あの…。》

「ゴムゴムのっ、つかみ取りっっ!!」

《きゃっっ!》

  ……………………………………………………。

「……………っ。 よしっっ!」

《…え? あっ。》

「ほら、この鍵だろ?」

《は、はいっ、これです!》

「もう落とすなよ? 首に紐か何かで下げとけ。俺も帽子を………、ああっ!」

《ど、どうしました?》

「帽子っ! 帽子がねぇっっ!」


            ◇


 そして、さして間を置かず、

  「…帽子っっ!」

 凄まじい勢いでがばっと身を起こしながら目を覚ましたルフィである。

  「ルフィっ!」×@

 皆が弾かれたように反応し、歓喜の声を上げる中、
「帽子はっ? 俺の、ぼ………!」
 周囲の仲間たちの気も知らないで、キョロキョロと辺りを見回す彼の頭へ、大きな手がボスッと麦ワラ帽子をかぶせてくれた。
「ここだよ。もう無くすんじゃねぇぞ?」
 ちょいと勢いがついてか、前に深めに押し込まれた麦ワラ帽子。何すんだよぉ、ビックリすんだろ、ゾロ、と、唇を尖らせてかぶり直したその途端、チョッパーに飛びつかれ、ナミに抱きつかれ、ウソップからは小突かれて。問答無用というノリでもみくちゃにされた船長殿である。
「な、何だ何だ?」
「何だじゃないっ!」
「心配したぞ、このやろぉっ!」
「そうだぞ、ったくよっ!」
 安心したればこそのわあわあとそれはにぎやかな喧噪に蓋をするように、そぉっと扉を閉じて出て来た甲板には、それこそ"いつの間に"と思うほど気がつかなかった、自分より先に部屋から出ていたらしいシェフ殿が、火を点けた煙草を片手に船端に凭れている姿が見えて。
「心配したな。」
「まぁな。」
「ご苦労さん。」
「お前もな。」
「俺は何にもしとらんさ。」
 苦笑してから、
「…あ、そうだ。さっきの肉。」
 今頃になって思い出したらしい。効力を発揮しなかった悔しさよりも、自分が作ったものだのにまだ誰も手をつけてないという状態の方が捨て置けないサンジであるらしく。…だが、
「癪だから、あのままじゃなく、チャーハンにでも刻んで入れてやろうかな。」
 そんなことを言って、ちょいと意地悪そうな顔で笑った。帰って来たルフィに彼もまた安心し、勢いづくほど元気が戻った証しだろう。それへと、
「あのまま出してやってくれないかな。」
 平生の落ち着いた声が、単調ながらも執り成すように掛けられた。
「んん?」
「せっかく大好きな蜂蜜ケーキだったおやつも食ってないんだしな。」
 保護者殿からの相変わらずに過保護な、だがどこか不器用なお言葉へ、和んだ眸になってくすくすと微笑う。
「…そか。仕方ねぇな。じゃあ、そうしてやるかな。」
 そろそろ黄昏が始まる。甲板を塗り潰しているどこかやさしい陽射しの中、鈴のような何かがちりり…と涼やかな金属音を立てたような気がして、おやっと顔を上げた二人の年長組さんたちだったが、

  「………?」×2

 残念ながら、彼らにはもう見えない。夢の扉を渡り歩く小さな妖精が、もう二度と落とさないようにと、誰かさんからの忠告通りに首から紐で下げることにしたあの鍵は…。



  〜Fine〜   02.3.15.〜3.19.


  *充電期間なぞと大仰なことを言って、もう帰って来ましたvv
   貧乏性な奴でございます、うんうん。(ちょっと違うぞ。)
   物怪のお話なので"Albatross〜"に入れようかなとか思ってたんですが、
   途中、ちょこっと…已ないとは言え"ラブシーンもどき"が出て来ますので、
   設定的に"蜜月まで〜"だなと。
   それにしても"眠る"話が多いですね。
   筆者の楽しみが"眠ること"だからでしょうかしらね。(笑)


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