D “蜜月まで何マイル?”より


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「鍵? 確かにそう言ったの?」
 きっちり10分経って戻って来た一同へ、ゾロはルフィが口にした言葉をまんま伝えた。それを訊いたナミがすかさずポケットから取り出したのが、今朝方、彼女の頭をさんざん悩ませてくれた奇妙な鍵である。
「これのことかしらね。」
「多分そうじゃないのか? 鍵がないから開かない。夢の中でどこかに閉じ込められてるんだよ、きっと。」
 腕を組み、もっともらしく頷くウソップの傍ら、
「そんなはっきりした声を出せたんなら、脳梗塞じゃあないみたいだな。」
 チョッパーもベッドの端にと寄って来て、船長殿の寝顔を覗き込みながらそうと付け足す。
「いびきをかいてないしな。必ずそうだってことはないけど、うん、大丈夫だ。今のところは。」
 物理的な病弊での不自然な眠りではないという"太鼓判"であるらしい。
「…で。どうすんだ? その鍵をさ。」
 そう。次の問題は。この鍵をどうすれば良いのかということ。
「他に何か言ってなかったの? ルフィは。」
 責める訳ではないのだが、唯一"会話"をした人物。ゾロへとどこか問い詰めるように訊くナミであり、
「いや。それが精一杯だったらしい。」
 ゾロの側でも判っているからだろう。コトの前のように"何だその言いようは"とムッとさえせず、淡々と応じている。
「鍵がないって言うんだ…っていう言い方が気になるわね。何だか、誰かがそう言ってるって風に聞こえない?」
「ええ。誰かが傍に居て、状況ってのかな、説明してもらってんじゃないんですかね。」
 先程のショックからやっとこさ立ち直ったらしいサンジが、鹿爪らしい顔でそうと応じて、火のついていない紙巻き煙草を唇の端で上下させる。そんな中、
「だ〜〜〜っ! だから、どうすんだよ!」
 皆の奇妙なほどの落ち着きように焦れたらしいウソップが、何かしら急くような声を上げた。
「鍵をどうすんだ? おデコに貼るのか? それとも食わすのか?」
「だから…それが判らないから困ってるんでしょうがっ!」
 一体何をどうすれば、この"鍵"をどのように処せば、我らが船長は目を覚ますのだろうか。あまりにヒントが少ないがために、誰にも"何をどうすれば良いのか"が判らない。日頃の、どこかドライに見える大人びた振る舞いが、こういう時には冷たく見えたりもするのだが、ナミがつい放ったものだろう大声に、皆、それぞれに頭を抱えて困っているのだというのが判って、
"………ルフィ。"
 チョッパーはベッドの上で昏々と眠り続ける少年に視線を戻した。
"皆、困ってる。ゾロもナミもサンジもウソップも。勿論オレだって困ってんだぞ?"
 あの、寡黙で冷徹な剣豪も…一番最初のそれは判りやすい心配顔こそ落ち着いたが、黙って腕を組んで壁に凭れたそのまま、伏せた眸の上、眉間の深いしわが消えないでいる。普段、大威張りで物を言う自信家のナミも、どうしたら良いのかとホントは誰かに頼って訊きたいに違いない。日頃からその端正な顔にシニカルな笑みを絶やさないシェフ殿も、ぶつけどころのない苛々を持て余してか、無表情なまま、どこか忌ま忌ましげに唇の煙草のフィルターをきつく噛みしめている。ウソップの苛立ちは一番判りやすくて、周囲の皆を、仲間たちを見回しては掛ける言葉も見つからず。苛々とため息とを誤魔化すように、ベッドの上のルフィを見やっては…やはり何も見いだせずに、何とも口惜しそうな顔をして見せる。
"なあ、ルフィ。海賊王になるんだろ? こんなとこで夢魔に捕まってちゃあ、海賊王にはなれないぞ?"


            ◇


「鍵が要るって言っといたから、傍まで持って来てくれてると思う。」

《そんな…。話が出来る筈ないですよ。あなた、戻れないほど深いところで眠ってるんですよ?》

「うっさいなぁ。俺とゾロとは特別なんだよ。どうかしたら、声出していちいち何か言わなくたって、考えてることが判るんだからな。」

《それは…。ご兄弟とか親子とかいう関係にある人なんですか?》

「違う。」

《? じゃあ、恋人ですか?》

「う…ああ。そうだっ。」

《ふふ…vv 真っ赤ですよ、あなた。その女の子のこと、とっても好きなんですね。》

「女の子? 違うぞ。ゾロはそりゃあカッコいい男だ。背が高くて、がっちりしてて、力持ちで、剣術の物凄い使い手で。眸なんかこーんな鋭くて、怒らしたら町一つ軽々ぶっ飛ぶくらい強ぇえんだ。」

《………。》

「あ、でもな。俺には、俺や仲間には優しいんだぞ? どんな我儘言っても聞いてくれるし、微笑うとやさしい眸になるし。抱っこされると、温ったかくていい匂いするし。」

《そ、そうなんですか。》

「それよかさ、なあ、この上はどんなになってるんだ?」

《上?》

「ああ。何か天井も見えないけど、明るいじゃん。もしかして屋根はないのか?」

《この上は"夢の底"ですよ。》

「"夢の底"?」

《ええ。果てしなく深くて、どんなハシゴも飛行方法も歯が立たない。さっき言ったでしょう? 此処では思ったものが形になるって。でも、此処から出るための道具は出せないんですよ。それへは"鍵"を使うしかないからです。》

「…ふ〜ん。」

《何です? その、何か企んでそうな気配のする"頷き"は。》

「あ、鋭い。よく判ったな。」

《だから、そんな不審な笑い方して、一体何をするつもり…って、な……………っ!》


 


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