月夜見
  
千紫万紅(とりどりの色)A
      〜ウィンター・オーバル "蒼夏の螺旋・後日談"


        



 このフラットの主
あるじはロロノア=ゾロといい、先にも述べたように社会人一年生というまだまだ若い男性である。この春に大学を卒業し、実家のある地方から上京してきた青年で、頼もしいまでに背が高くて、かちっとしたいい体格に鋭角的な男臭い面差しで…と、結構見栄えも良く、性格は…質実剛健と背景に垂れ幕が下がりそうな融通の利かなさが唯一の疵という、勉強熱心で働き者で気立ても優しい、なかなかの好男子。それからそれから、そんな彼に懐きまくっている無邪気でかわいらしい居候は、ゾロの従弟でルフィという。きょろんとした人懐っこい大きな眸をした、伸び伸びと元気で明るい少年で、同居を始めたのはこの夏から。一見、十四、五才くらいの中学生、まだ"少年"という年代に見える彼ではあるが、実は…二十三歳のゾロと二つしか年齢差はない。単なる"童顔だから"ではなく、その辺りには少々複雑な事情があったりする。

 話は七年前に溯る。通っていた中学校の交換留学生として選ばれた彼は、留学先の異国で行方不明となり、もう死んだものと知己の全てがそう思っていた。冷たい河に呑まれ、北の凍海まで押し流されたのだろうと。ところが、そんな彼が…七年という歳月を飛び越えるようにして戻って来てくれたのが先の夏の始め。行方不明になった当時の姿のままであったことなど、様々な謎を抱えての帰還であり、その時の"すったもんだ"は『蒼夏の螺旋』というお話にまとめてあるので、詳細はそちらでご確認いただくとしておいおい ………あれから既に半年近く経つ。

 余波というのか手続きというのか、彼の"帰還"に際してはやらねばならないことが沢山あって。通したり立てたりしないといけない"筋"とか"建前"とか etc.…。大人の世界というものは、融通との折り合いがなかなか微妙で難しく、それでスムーズに楽が出来る場合もあるにはあるが、そうなるための最初の立ち上げには一方ならない苦労が要るのだよ、青少年。おいおい …話が逸れたが。
 融通や建前云々よりも何よりも、実は"生きていた"彼だということを、まず立ちあげねばならない。で、一応は身内にも実際に会わせなければまずかろうと、夏に…本人の七回忌と運ぶ前に、ゾロも同行して故郷の実家まで向かった。ルフィの父親というのはゾロの母方の叔父にあたる人で、日頃は大きな貨物船に乗っている留守がちな海の男だが、今回は何とか…やはりゾロの従兄弟にあたる、ルフィの兄のエースという青年に掴まえてもらえたため、自宅で待っていてもらっての対面と相なったのだ。
『…ルフィか?』
『そだよ? ただいまっ!』
 文字通り"昔のまま"な無邪気な本人に毒気を抜かれた…というよりも、そもそもどこか豪快というかさばけているというのだろうか。あまり細かいことにこだわらない父親と兄であり、肌合いのようなもので本人に間違いないと感知したその上に、ゾロからの説明と、ルフィが7年間眠り続けながら入院していたことになっている某国の病院の書類とであっさり納得してくれて、あっさりと良かった良かったで収まった。色々面倒なのではなかろうかと構えて来た身には少々拍子抜けな運びであったが、本人であることに間違いはなく、それがちゃんと伝わったのは何よりで。久々の御対面に色々と話は尽きず、あっと言う間に夕刻となった。
『…それじゃあ。』
 盆休み前だったのでとんぼ返りの帰省であり、そのまま"お暇
いとま"しようとしたゾロに気づくと、
『俺も帰るっ!』
 ルフィが慌てて玄関まで追って来たから…その場にいた全員がキョトンとした。
『お前の家は此処だろが。』
『やだ、俺も帰るんだっ!』
 どうやら、ゾロの住むマンションへ"帰る"と言っているらしい。どうしたもんかと見やるゾロのワイシャツの袖を両の手でひしっと掴んだまま、お仕置きに置いてかないで、いい子になるから連れて帰って…とでも言わんばかりの真摯なジト目で見つめ返す彼なものだから、
『おやおや。』
 昔から彼への懐きようは親戚中で知れ渡っていたこと。ともすれば可愛げがないほど無口で朴訥だった無骨者な青年と、愛嬌たっぷりの彼という組み合わせが何とも極端で、それを彷彿とさせるようなやりとりだと苦笑を見せる叔父へ、
『えと…すみません。』
『何で謝る。』
『いえ、なんとなく…。』
 実の親より懐いてどうすると呆れつつ、彼らが傷ついたのではなかろうかと、柄になく思ってしまったゾロであったらしくて。だけども、それって…ウチの子が失礼なことをして済みませんと謝る、そう、丁度"保護者ならでは"な発言ではなかろうか。
『…ふ〜ん。』
 そんな呼吸になっているらしいと見て取った叔父は、
『謝ってくれるより…どうかな? 君さえ良ければ、この子をしばらく預かっててもらえないかな。』
 にっこり笑ってそうと話を進めてくれたところが、さすがは亀の甲より年長者である。
こらこら
『無責任で悪いが、事情に一番明るい君の傍に置いて、しばらく様子を見た方が良いような気もするし。』
『…そうですね。』
 実は…それほど日を空けず、間合いを計って迎えに来ようと構えていただけに、うまく話を転がしてくれた叔父へ、こっそり感謝したゾロでもあった。何かしら…覚悟をもって"実は…"と切り出さねばならない何かがあるようだと薄々感じていつつ、それは聞かないよと構えてくれたらしい様子だと。かように胸の裡
うちの探り合いで話が進んだりする辺り、大人の世界は何かと奥が深いのだ。(けれど、政治の世界や商取引、契約、裁判などという公式の場での"言った、言わない"はこうは運ばないのでご用心。日本人特有の仄めかしも察しも、公的には"発言してない"ことになる。/そういや揉めてましたな、どこぞの議会。)おいおい
『ただし。ゾロに少しでも迷惑をかけたなら、有無をも言わさずエースを迎えに出してウチへ連れ帰るからな。そいで中学生のやり直しだ。いいな? 判ったな、ルフィ?』
『うんっっ!』
 にっこり笑う坊っちゃまに対して、実はその場にいた全員が甘いのだと…誰も気がついてなかったんだろうか。
あはは


        ***


 …という次第があって、時の経過と共に説明の要る"不思議"は均され、徐々に徐々に"普通"の生活へと馴染むにつれて、奇抜・奇天烈なところは上手いこと"埋没"しかかっていたのに。
"何しに来るんだかな。"
 せっかく穏便に落ち着いて来たものを、色々と蒸し返されやしないかと、少々、いやいや多々気になるものがなくもない"保護者殿"なのである。


TOPNEXT**


、2/