月夜見
  
千紫万紅(とりどりの色)B
   〜ウィンター・オーバル "蒼夏の螺旋・後日談"


        



 この場に収まっている空気全体に溶け込んで、一つの大きな塊りとなったざわめきが満ちた空間は、妙な活気を孕んでいて落ち着かない。果てが見えないほど広い広いホールには、よくもまあこんなに沢山の人々が一つところに集まったものだと呆れたくなるほどの人の群れ。3階分以上は吹き抜けになった天井から下げられた巨大な電光掲示版には、刻々と様々な空路線の飛行機の発着状況が告知されている。カートに積んだ大きなトランクやボストンバックをガラガラと押しながら、にこやかに搭乗ゲイトへ向かう人と出てくる人の流れが、さして混線せずに行き交いすれ違う。到着した便ごとに一塊りになって出て来る人々の群れの中、旅慣れた様子の軽快な足取りで、キャスターのついたトランクをカラカラと引きながら出て来たサングラスの西欧人にいち早く気づいて、
「…サンジっ!」
 それは嬉しそうに…もしも尻尾があったならそ〜れはパタパタとうるさいほど振ってるだろうというノリで、駆け寄った相手へぱふっとしがみつき、んんんっと"はぐはぐ♪"し倒して。(この"はぐはぐ"ってのは語感から来ているのではなく、英語の"hug"から来てるんだそうで。お暇な方は調べてみてね♪ とっても可愛い言葉だから。)
「いらっしゃい! 待ってたよ!」
 嬉しくて嬉しくて仕方がないと、満面の笑みを惜しげもなく見せるルフィを、相手もきゅうぅっとしっかり抱き締める。
「久し振りだなぁ。ほら、まずは顔を見せてごらん。ああ、顔は変わってないな。可愛いまんまだ。でも、少し背が伸びたんじゃないのか?」
「うんっ! 5センチも伸びたぞ?」
 はしゃぐ少年の頬を愛おしげに白い両手で包み込んで、人目がなかったら熱い接吻の一つもしかねないほど、まるきり負けてはいない熱烈な喜悦ぶりを示して見せる。そんな彼らへ、
「こらこら、ここは日本なんだからちっとはわきまえな。」
 後から追いついて、再会を喜んでいる二人へ声をかけた長身の連れ。閉口気味なその男臭い顔へ、
「よお。景気はどうだい? 従兄殿。」
 サングラスを外しながら、にやにや笑いかけつつそんな事を言うものだから、
「誰かさんの引き合いのおかげさんでボーナスは沢山
たんと出たよ。」
 それはそれは正直に、憮然とした顔と突っ慳貪な台詞を向けるゾロだったりする。
「???」
 何のことだかただ一人事情が分かっていないルフィが、頭上で見交わされる挑発的な視線のやり取りにキョトンとして見せたが、
「なんだよー。また喧嘩か? どうしてそう、いつもいつも剣突き合うんだ?」
 この二人が仲良く穏やかに向かい合っているところを、そういえば見たことがない。まあ、先の事件直後は、どうしたってわだかまりがあったろうから、仕方がないと言えばなかったのだろうが。もうこんなに日が経っていて、お互いに事情やら何やらもちゃんと理解出来ているのだろうに、
"大人げないよな、両方とも。"
 ルフィとしては呆れるばかり。ここは一つ、自分が執り成すしかなかろうと、何とか話題を変えようとして、
「そいでさ、ナミさんは? なんで一緒じゃないんだ?」
 今の今までうっかり尋ねるのを忘れていたことを訊いてみる。今のサンジが全身全霊で愛しているのだろう美しき伴侶であり、才気煥発にしてなかなか活動的な女性だったのに、今回は同行して来なかったのが、ルフィには少々不審だったらしい。すると、一瞬、虚を突かれたような顔をしたサンジで、
「ああ、ちょっとな。今は長旅させられない身体なんだよ。」
 おやおや。それってもしかして。成程なという顔になったゾロの傍ら、
「何だ? 怪我とか病気とかしたのか? サンジ、ナミさん放り出して、こんな遠いとこに来てて良いのか?」
 …おいおい、坊っちゃん。

  「………」×2

 いつも"俺はもう大人だっ"と言い張る割に、実際は"コレ"である彼で、
「相変わらずだな、お前。」
「何だよー。」
 お約束のボケネタはともかく。
こらこら 先のブロックでは名前と肩書だけの紹介に終わった、この訪日したてのお兄さん。金髪碧眼の長身痩躯で、線の細い端正さに整った白い顔容かんばせや手足の長い肢体は見るからに欧州系異国人だというのに、流暢なイントネーションの日本語を操り、大味な身振りは控えて日本人ばりに振る舞える機転も素早い、不思議に物慣れた人物で。しかもしかも、実は…ルフィの身に降りかかった奇妙な7年間の空白に深く関わった人物でもある。前段で、異国で死んだものとされていた彼が生きていたと、しかも七年間という歳月を一気に飛び越えて来たかのように、まるで年齢を重ねてはいない姿のままだったと記したが、それへと大きく関わっていたのがこの彼で。過ぎたこととてそうそう穿ほじくり返すのも剣呑だが、全てはこの彼が、所謂"不老不死"という不思議な身であったことに端を発しているのだ。世に言う"吸血鬼"のような、だが、他者を滅ぼすのではなく、ただ傷つきもせぬまま永らえるだけの不思議な人種。その奇跡を他者に分け与えることが出来た彼は、今にもその生命の灯火ともしびを掻き消されそうになっていたルフィを助けたが、そうすることで普通の人々とは交われない身となった彼を自分の庇護の元に匿った。それから七年の時を越えて、まさかもう覚えてはいなかろう、でもこちらからは会いたいからと、大好きだった従兄のゾロに再会させたところが………あとの詳細は『蒼夏の螺旋』参照して下さい。こらこら
 *BGMには、某Winkの『背徳のシナリオ』なんかお薦めですvv 
おいおい、古いぞ。
「いやぁ〜。尋常な人間に戻ったことになかなか慣れなくてな。今でも時々、途轍もない無茶ってのをしでかしかけては、周りをびっくりさせてるよ。」
 からからと笑う彼だが、
「ナミさんからのメールで聞いてる。高層ビルの窓から飛び降りようとしたり、物凄い交通量の道路を無造作に渡ろうとしたりして、いつもハラハラさせるんだからって怒ってたぞ?」
 心配そうに頬を膨らませるルフィであり、それはゾロもルフィから聞いていて、
「…元に戻んない方が良かったんじゃねぇのか?」
「余計な世話だよ。」
 またまた頭上でどこか挑発的な雰囲気になる彼らには、ルフィも"えっと…"と困り顔になった。彼にとっては二人とも、肉親以上に大好きで大切なお兄さんのようなもの。だのに、彼ら同士はどういう訳だか、久々の再会であるとは思えないくらい、揮発性も高いままに挑発し合う相性であるらしい。…もっとも、困ったように"どういう訳だか"なんて思ってるルフィという存在を挟んでの剣突き合いであるのだという辺りには、実はご本人、気づいてなかったりするから、こちらもある意味では良い勝負な"困ったさん"で。そこのところを把握していれば、工夫次第で…例えば"仲良くしてくれないとどっちとも口利かない"とか、手綱を上手く操る術もあるのだが。
"そういう小利口なことが出来る筈なかろうがよ。"
"そうそう。良くも悪くも天然で、そこをこそ大切に育んで来たんだからな。"
 …いきなり妙に気が合っとらんかね、お二人さん。まま、そういう訳で、選りに選って同じ相手を愛しいと思う、言わば"ライバル意識"が働いての相性の悪さなのだから、これはそうそう和解するものでもないこと請け合い。とはいえ、わざわざ喧嘩をしにやって来た訳でも迎えに来た訳でもない彼らであり、どちらからともなく挑発的な態度は鞘に収めて、まずは外へ出ようやと歩み始める。…と、
「おっと、煙草が切れてたんだ。」
 不意にサンジが立ち止まったのは、免税店のウィンドウが目に入ったからだろう。
「え? 珍しいな。」
 結構ヘビー・スモーカーな彼で、必ず常備している筈だのにと、ルフィは怪訝そうに小首を傾げたが、
「機内は全席禁煙だったもんでな。着いてから買やぁ良いかって思ったんだよ。」
 先進国ほど喫煙者には肩身が狭い今日この頃。かく言うMorlin.も、一時期はかなりのペースで吸ってましたが今は全然口にしてませんです。
「あ・じゃあ、俺、買って来る。ケントかジタンだったよな。」
 まだ銘柄を覚えていた。機敏に言い出したルフィであり、
「ああ。ケントの方を、ついでだから2カートンほどまとめて買って来ておくれ。」
 差し出されたパスポートとカードを受け取ると、パタパタと手近な店へ飛び込んで行く。日本では未成年者への酒や煙草の販売には証明書が必要だと知っているところもおさすがだ。大きな格子柄の濃いめのキャメルのダッフルコートに包まれた小さな後ろ姿を目で追って、
「7年も忘れないでいた従兄弟。…それがどういうことか、ちゃんと判っているか? 気づいているのか?」
 ぽつりと呟いたサンジであり、
「…どういう意味だよ。」
 それは恐らくはこの場に残ったゾロへの言葉なのだろうと、問われた本人が訊き返す。店の中では、女性店員とのやりとりからルフィがこちらを指差して見せていて、パスポートの持ち主である"大人"が買いに行かせたのだと示しているらしい。それへとにっこり微笑って見せつつ、
「意味も何もないさ。」
 声の単調さは変わらない。
「大切にしてるのかってことだ。その7年を一緒に過ごしてた俺があの子を手放したのは、あの子の気持ちを大事に思えばこそだったんだからな。」
 ちろりと斜
はすに見やって来た眼差しは鋭くて、
「あの子はとっても良い子だ。なおざりに扱ってるようなら、俺の方にも考えがあるってな。」


TOPNEXT**


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