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「いきなり仕事かよ。」
「うん。だって、日本に来たの自体"商談のため"なんだって。」
成田から都内へと戻って来て、だが、サンジは今夜からさっそく最初の商談のアポがあるからと、途中から彼らと別れて逗留予定のホテルへ真っ直ぐに向かってしまったのだ。一緒に食事でもと思っていた予定が外れてしまい、已なく彼らだけで行きつけのレストランで食事を取って。彼らの住まうマンションフラットに帰りつき、ヒーターのスイッチを入れたところである。都心でも陽が落ちるとさすがに冷える。クリスマス寒波とやらの襲来で、東京でも雪が降りかねないという予報も出ている。脱いだコートをハンガーに掛けるのへ格闘気味になりながら、
「それが落ち着いたらメールくれるって。なあ、クリスマス空けられるか?」
ルフィが訊いた。もう明後日の話だ。イブの直前にあたる今日は日本ならではな祭日であったが、クリスマスはあいにくと法に定められた風習ではないから、学生ででもない限り"平日"と変わりはない。
「どうだろな。クリスマスっていやあ仕事納めまで3日あるから、あいつの真似じゃあないが、商談が割り込まないとも言い切れんしな。」
こちらもコートを脱いでハンガーに掛けながら、ゾロは無理かもしれないという返事を返す。
「まあ、ご招待はお前だけ受ければ良いさ。あいつだって、他の誰でもない、お前に会いに来たんだろうしさ。」
「う…ん。」
それだとどこか不満ならしくて。クロゼットの前にちょい掛けしたコートのポケットから携帯電話を取り出すと、むむうとむくれた顔のまま、居間までやって来てぽそんとソファーに身を埋める。コンサルタント事務所の連絡員をこなしているルフィではあるが、今は大ボスに当たるサンジ本人が来日しているせいか、PCからの転送連絡メールはない。それを確認してからテーブルへと電話を置いて。
"………。"
向かい側に座ってばさっと新聞を広げたゾロを見やる。商社マンの基本というのか、一応、経済紙のトップニュースくらいは攫っておくのが常識で。だのに、今日は寝坊したこともあって朝のうちに目を通し損ねていたらしい。そして、やや伏し目がちになった男臭いその顔立ちに、ついつい声もなく見とれてしまうルフィである。この夏に再会し、思っていた以上に大人っぽくなっていた彼だと判って、そりゃあもう嬉しくてドキドキした。背が高く、短く刈った髪形がそのまま似合う、鋭角的な顔立ちで。彫りの深い目許に通った鼻梁。口角のはっきりとした、意志の強そうな内面をそのまま映して凛と引き締まった口許に、すっきりしたおとがい辺りの線。自分の小さな背中に回されると、その肩先くらいは楽々と覆ってしまいそうな大きな手は温かで、肩は頼もしく、広い背中と長い脚はスーツのシャープな印象によく映えて。時々ふざけて抱き着く胸元は、そりゃあ良い匂いがしてやはり温ったかい。学生時代からのずっと、彼らしい勤勉さでたしなんでいる剣道やウェイト・トレーニングの成果で、胸板や腕などの、実用的な頼もしさに充実した肉置きは隠し切れず、夏場の薄着姿は同性同士でも何だか目映くて、時々困ったものだった。
『…何が"困る"んだよ。』
『だってサ。人目が集まるじゃないか。』
『?』
こういうところへ丸きり気が回らない朴念仁なところも相変わらず。唯一欠落しているというか、選りにも選って自分の外見の美点を正しく把握出来ていない鈍さが、これまた何とも彼らしい。そして、そういう方面へ頓着しない男であるが故、罪作りなことを山ほどやらかしていることは想像に難くなく、
"…そういうとこも好きだけど。"
そんな鈍チンな彼を、今のところは独占出来ている自分であるのが嬉しくて。
「さて、と。時間が余ってるな。映画でも観に行くか?」
自分一人なら決して選ばないだろう、思いもつかないだろうことを言ってくれる、気を回してくれるから、それだけで軽々と弾みたくなるような気持ちが、知らず込み上げてくる。
「うっと、何か面白そうなの、やってるの?」
新聞に出ていたのかと小首を傾げて見せると、
「お前こそ、何かチェックしてないのか? 今だったらクリスマスや正月向けのをコマーシャルとかで流してるだろうが。」
素っ気なく聞こえるかもしれないが、顔は穏やかに笑っていて。そういう情報には疎い彼のこと、本当にアテがないのだろう。
「うっと、じゃね。来週、観に行きたいのがあるよ。」
「ふ〜ん。まあそれはそれで良いけどサ。じゃあ今夜これからはどうするよ。」
「えと、ね。」
話し始めるこちらを愛おしげに見やって、ひとつ洩らさず拾い上げようと構えてくれる。頼もしくてやさしい眼差しに、ルフィは笑みがこぼれてやまない口許を、どう誤間化したものかと苦慮していた。
"…世界で一番大好きだよ? ゾロのこと。"
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