エスカレーション白い楽譜バナー

「新世紀エスカレィション」by.大久保美籾&狐月

Episode1:A-Part

少女たちよ、神話になれ!

 『すぐ来て頂戴。ナオミ』
 流麗な文字ではある。しかし、乱暴に記されたメッセージは、地図のコピーの上にサインペンで直接書かれたものだ。
 この走り書きのために、いま、小松崎リエはここに立っている。箱根は芦ノ湖湖畔の、登山鉄道終着駅の、駅前に。ピンクと白を基調にした高原お嬢様スタイルで。もちろん頭にはベレー帽を載せて。
 芸もなく伸ばした髪の毛をアスファルトからの照り返しが揺らすと、日本人にしては色素の薄い髪の毛は、金色に輝く。
 セミの合唱は、洋服のなかで背筋をつたう汗とともに、足元の短いが濃い影の中へと消えてゆく。
 この流麗な文字を書いた人間は早川ナオミという。
 青みがかった豪奢な髪の毛。やさしい微笑。生徒会長。才色兼備。リエのあこがれの先輩だった。
 そして、リエとナオミは関係を持った。
 リエの通っていた学校は、カトリック系の全寮制女学院だ。父なる神の教えに背くと知りながらも、そういう関係が成立することは。まったくない話ではない。
 ただし。
 リエにとってナオミは唯一絶対のひとだったが、ナオミにとってはそうではなかった。ペットと主人。ペットは複数いた。それがリエとナオミの関係だった。
 それでも良かった。しあわせな日々だった。
 ナオミが卒業しても、リエが在校のうちは関係があった。しかし、ナオミは何かが忙しくなったのか、次第に会える回数が減ってきた。
 ナオミの代わりをリエはピアノで埋めようとした。リエは卒業後、推薦で音大に入った。世界的コンクールに手が届く位置にいたから、ほどなく、ピアノの練習以外は何もない毎日になった。
 待ち人は来ない。手紙は来ない。電話は鳴らない。練習は忙しいけれど、空虚な日々だった。
 しかし、安易な平穏は唐突に破られた。このメッセージによって。
 想い人からの、突然の呼び出し。
 うれしいに決まっている。
 でも。
 いったい、どうして、突然…。
 父なる神ならこうおっしゃるだろう。信じなさい、と。
 これは暑さによる思考停止ではないと、リエは自分に言い聞かせた。
 また、洋服の中で、背筋を一滴の汗が伝って、落ちた。
 先刻から、自動車(くるま)1台どころか、誰1人として来ない。リエを迎えに来るはずの人間も。
 手紙には、迎えに来るはずの人間の写真が同封されていた。
 くたびれたブーツに、切り詰められたデニムの短パン。腰には大きなサバイバルナイフをぶら下げて、ビキニの上にカッターシャツをワイルドにひっかけてる。青みがかった頭髪を無造作に束ねただけの粋な姐さんが、ウインクしているこの写真。ご丁寧にも、胸元のあたりに「ここに注目」と書き込まれている。
 電話でリオ、と名乗ったその娘は。頼りにできそうではあったが、リエにはあまり得意なタイプではなさそうに思えた。もちろん、そのあと心の中で懺悔したのはいうまでもない。他人を先入観で決めつけていいとは、父なる神は言っていないのだから。
 写真から顔を上げたリエは、何気なく向こうを見て。
 驚いた。
「ミドリ?」
 向こうの交差点に、ひとりの少女がいた。セーラー服を着たポニーテールの少女は、きつい、しかし寂しい目をして、こちらを見ていた。
 クラスメイトだった彼女が、こんなところに居るはずないのに。
 思わず声をかけようとしたとき。右手の山向こうから爆発音が聞こえた。
 反射的にそちらを向いて、あわてて交差点に視線を戻すと。
 誰もいなかった。
 幻を見たというのか。
 しかし、爆発音は幻ではなかったようだ。
 もう2回、爆発音。
 今度は、近い。
 さらに、非音楽的な金属音が接近してくる。
 自衛隊の戦闘機が3機編隊で、リエの頭上を高速で通過した。
 通過する戦闘機から、ミサイルが発射されるのが見えた。
 自衛隊って箱根にいたっけ?
 ぼけっと立っているリエを、背後から爆風が襲った。
 衝撃波だと気付いたとき、すでにリエはアスファルトに叩き付けられていた。
 右ヒザと右肩をしたたかに打ちつけた。さいわい、ケガはない。
 ベレーを拾い、よろよろと立ち上がると。
 リエは丘の向こうに信じられないモノを見た。
 かわいい女の子だ。
 だいだい色の髪の毛を頭側部で房状にまとめて、頭髪と同じ、だいだい色の水着を着ている。かわいい顔だし、スタイルもいい。リエよりはちょっと年下、高校生くらいの年頃か。なぜワイヤレスマイクを右手に持っているのかは分からない。ごていねいに小指を立ててるのがオチャメだ。
 奇妙な格好に驚かされたのではない。何が信じられないって、サイズが違うのだ。決定的に。
 左手は、周囲をとびかうヘリやらジェット戦闘機やらをうるさく追い払っている。ヘリやジェット戦闘機がミニチュアなのではない。丘があるから巨人だと分かる。
 これは映画か何かだろうか。しかし、現実に目前で展開されている光景に、画面の枠はない。
 1機の戦闘機が、ミサイルを放った。巨大な少女がミサイルを左手で受けとめる。ミサイルは粘土細工のように潰れて、光球に変わった。
 やや遅れて、爆風と轟音。
 戦闘機やミサイルがどんなものなのかはリエは知らない。しかし、これは訓練ではないことだけは分かった。
 あれは、実弾だ。これは、現実だ。
 ベレーのほこりをはたくのも忘れて、茫と立っているリエの背後で、クラクションが鳴った。
「小松崎さん!!」
 真っ黄色なRX−7から手を振るのは、写真と同じ人間、リオさんだった。
「すまない、待たせた。途中、道路事情、悪くってさ。荷物は?」
「ポシェットだけです。あとは宅配便です」
 リエを乗せると同時に急発進する。
 間一髪。
 さっきまでクルマがあったところに、爆風とともに何かの破片が飛んできた。
 しばらくのあいだ、リオは持てるドライビング・テクニックのすべてを披露することになった。
「まさかここが戦場になるたぁね。小松崎さん、しっかりつかまってて」
 返事どころじゃない。
 リオが演じる死神との華麗なチェイスにシェイクされて、リエの頭の中もグチャグチャになりつつあった。どうしてここが戦場で、マンガ映画のような光景が現実になっているのか。
 戦闘現場から離れるまで、リエは座席(シート)にしがみついているしかなかった。
「何? 小松崎さん」
 リエが普通にしゃべっていては、風切り音とエンジン音に声を消されてしまう。
「リオさん、あたしのことはリエでいいです」
「そうかい? あたしもリオでいいよ」
「あの…アレ、何ですか、いったい」
「使徒と呼ばれているわ」
「シト?」
 ヒトではなかったのか。
「そう。英語だとエンジェル」
「エンジェル??」
「内部では、識別コード・レモンだから、レモン・エンジェルと呼ばれているわ」
「レモン・エンジェル???」
 ますますリエは分からない。
 向こうで、戦闘は続いている。
 新たに到着した戦闘機の編隊が、巨大な少女をとりかこむように、いっせいにミサイルを放つ。
「よっしゃあ!!」
 避けようもないその攻撃に、必殺を確信したのだろう。器用にも、前方と右手車窓の戦闘を交互に見つつ、ハンドルを持つリオが叫んだ。
 しかし。巨大な少女は避けようとはしなかった。
 踊りながら何かを叫んだ。いや。アイドル歌手のように、クネクネとした振り付けで、何か歌っているようにも見えた。
 ミサイルは数秒とたたずに、全弾、空中で爆発した。
 戦闘機とヘリの何機かが、失速して、キリモミになって、墜ちる。
「じょーだん!!」
 リオは急ブレーキを踏んでいた。
 RX−7は車体正面を使徒のほうへ向けて停止した。
 すぐに衝撃波が来た。
「ろんりーろんりーろんりーろり」
 それが言葉だと分かるのには、あまりに音量が大きすぎた。
「ろんりーろんりーろんりーろり」
 リエは耳をふさいでいたけれど。
「アッ・ブ・ナ・イー、ろりーたー」
 脳天直撃なそれは、たしかに日本語の歌詞に聞こえた。
「でかるちゃー」
 リオがつぶやいた言葉も、リエには理解できなかった。リエはアニメなんて見ないし、だいいち日曜の午後は、ピアノのレッスンか、パパとレストランで食事と相場が決まっていたから。
「大丈夫、リエちゃん」
「はい、…何とか」
 ちゃんはやめて、なんて言っている場合ではない。
「れ?」
 この期におよんでささいな日常を大切にするリエとちがい、リオはひきつづき現実を直視している。
 巨大な少女を取り囲んでいた戦闘機とヘリが、その包囲を解いた。
「なんで?」
 ダッシュボードからリオが双眼鏡をひったくって、向こうを見る。
 包囲の輪が広がる中で、戦闘機が1機だけ、突っ込む。
「本気(まじ)?」
 呆然とつぶやいたあとのリオは早かった。
「伏せて、早く!!」
 機体から何かが放り出されるところまで見ていなくても、リオには何が起こるのか分かった。
 リオに頭を押さえられて、リエはシートに叩き付けられる。
 刹那。すべてが真っ白の中になって、目を閉じているのにレントゲン写真のように何かが透けて見えて、数秒後に爆風がやってきた。
 核爆発だった。
 熱核兵器、N2爆雷。許容量以下の放射性物質しか出さない「キレイな水爆」「究極の戦術核」。その悲劇的な使用法にリエが涙するのは、また後日の話である。

新世紀
エスカレィシォン
第壱話
使徒襲来

コマーシャル(中書き)

 こんばんわ。お昼に出会った方も、こんばんわ。大久保美籾&狐月です。まだヒトを続けてます。続けてると、ま、いろいろあります。
 ウチは週刊少女コミック誌(マンガ誌ですまん。文芸誌でいい例がない)あたりをゼロ点にして、活動しています。
 少女マンガから派生した美少女系・やおい系等も、境界領域の「こっち側」は管轄にしています。
 だから「くりいむレモンパロ」も「アンパンマンやおい」も作ってます。本業は「弓道少女の退魔モノ」なんだけど。
 それにしても伝説は1人歩きしてますね。くりいむレモンのH度なんて、せいぜい少コミかぶーけくらいで、beBOYや花音に比べたらオママゴトだってのに。ウソだと思ったら1度見て、笑ってみて。
 さて。今回は。
 エヴァ映画? アスカがブチ壊れてカヲルが首ちょんぱになった後のことなんて、もぉどーでも。エスカレーションの実写? 救いのない方々にも主の御恵みがありますように。
 これもまたひとつの世界? あなたの望んだ世界そのもの?
 すくなくともあたしは望まなかったよ!!
 というわけで。
 TVA「新世紀エヴァンゲエリオン」の舞台に、OVA「エスカレーション」のキャラたちを連れてきました。「くりいむレモン」旧シリーズの「亜美」「ポップ@チェイサー」からも動員です。
 ちなみに。亜美、エスカ、PCキャラを使った「スケバン刑事」が過去に実在しました(同人誌「うらめんと」)。
 今回、若い方にはごめんなさい、です。ちょいと補完しましょう。
 エヴァ優先なら水色のフェラーリですが、くりいむ優先で、真っ黄色なRX−7。不吉と不幸の象徴です。野々村母と河野のクルマから(亜美シリーズ)。
「でかるちゃー」の「超時空要塞マクロス」は日曜の14時にやってました。
「レモン・エンジェル」のことはいまさら説明不要ですよね。
 乳首にケーブルなアニメことOVA「戦え!! イクサー1」は平野俊弘監督作品です(わたしはイクサー2×セピア)。「い・や・あ」と叫ぶ、くいりむのマコ・シリーズと深い関係にあります。
「サード・ガール」という少女マンガは実在します。神戸の大学生の男女女のトレンディ・ドラマ。レモンエンジェルやってた頃の作品。掲載誌が潰れて、結末は知らない。
 今回WORDS3に、こんなものでもよく出せたと感動してます。そういう状態なのさ、現在。世の中ってホント、いろいろある。
 きっとあなたなら、もっといいエスカレーションのパロディ書(描)けると思うよ。だから書(描)いて。伝えて。彼女たちが時間の経過に抹殺されないために。
 次回は97年夏コミ。
 Vol.6。“6”です。非Hシリアス。連中の夏休み。
 Vol.7。せらむん(亜美レイ非Hシリアス)です。パソコンが壊れなければ、今回これが出てるはずでした。
 オリジナルは、ぼちぼち。すまん。
 これからも、コミックマーケット、WORDSなどをチェックしてみてください。では、どこかの即売会で、またお会いいたしましょう。
970330日 サークル「みなしの」 大久保美籾&狐月
 
 (2002年04月に加筆)↑筆名サークル名など修正してます。WORDSは、2002年現在の「ぶんぶん」に継承されました。

NEON GENESIS
ESCALATION
Episode : 1 
Angel Attack

Episode1:B-Part

 自動車(くるま)で15分。
 途中、核爆発でクルマごとひっくり返されるアクシデントがあったものの、なんとか無事、目的地に着いた。
 早川ナオミの実家は、世界有数のコングロマリットの経営者にして大株主である。リエの予想どおり、お城のような洋館だった。
「ナオミさんは地下室で待ってるわ。こっちに来て」
「地下室…」
 リオに腕をひっぱられて、リエも走り出す。
「どうしたの?」
「な、なんでもありません」
 リオがそう訊いたのは、リエの顔が真っ赤だったから。
 いいとこの娘さんで、女子高育ちだと聞いていたけど。まさか同性に手を握られて赤面するほど箱入りなわけ?
 かわいい。
 それはリオの大いなるカンチガイというものであった。
 リエの脳裏に焼き付いてしまったひとつの単語。
 地下室。
 なんと甘美な響きを持つ言葉だろう。
 監禁。陵辱。冒涜。調教。耽美。……。ある特定の語彙群だけがリエの前頭葉を駆け回っていた。
 こんなときに、もう。
 リエの動悸は走っているせいではなかった。あわてて、別のことを考える。
 ヒトだよね、あれ。
 おおきなサイズの少女。核ミサイルをぶつけられてもなんともない、巨大な少女。怪音波は鼻にかかったアイドル唱法で放たれる、ブッ飛んだ日本語の歌詞。
 幸せだったときの思い出。おねえさまはすべてを求める。自分はそれに応える。卒業して、音大でピアノだけの毎日。でも、何もない日々。突然の呼び出し。
 悪夢のような現実を前に、自分が混乱していることは、リエ自身にも分かっていた。
 リエはリオにひっぱられながら、地下迷路を延々と走る。地上の光景からは想像もできない、病院か研究施設のような廊下が延々と続いている。
 どこまでも。
「っかしいな」
「あのぉ」
 いつまで走るんですかとリエが訊こうと思ったとき、唐突にリオは止まった。
「すまん」
「は?」
「迷った」
「あの、案内所なんて…」
「デパートじゃないんだよ、お嬢さん」
 “お嬢さん”にアクセントを置いて、リオが両手を広げる。
「そんな…。あの、構内電話かなんかで、訊いてみれば…」
「110番はないよ。こっちの新設区域は、まだ回線が接続されてないんだ。ついでに言うと交番もない」
「あ、携帯電話(ケータイ)とか、お持ちじゃないんですか?」
「爆発くらったとき、壊した」
「そんな…」
 リエはパニックに落ちた。
「そんなのあたし困ります」
 リエはリオの襟首ひっつかんでブンブンゆすっていた。
「ナオミおねえさまにまだ会ってもいないのに、死ぬのはまっぴらごめんです。あのヘンなのに踏み潰されて生き埋めになるのも、誰にも発見されなくて遭難するのも、どっちもイヤです。はやくおねえさまのところに連れてってください!!」
「リエちゃん、ちょっと落ちつ…」
「あたしのこといまだに“ちゃん”付けで呼んでいいのはナオミおねえさまだけです。早く正しい道を教えて下さい。はやくおねえさまに会わせて!!」
「むぐ……」
 リオは口から泡を吹いている。これでは道を教えるどころではない。
「それくらいにしてあげてよ、リエちゃん」
 背後から声を掛けられたリエが振り向くと、白衣を着たメガネ娘が立っていた。図書委員のおねえさん、という感じの娘だ。怜悧な研究者というよりは、試験管をつねに爆発させていそうなタイプにリエには思えた。そして、また父なる神に懺悔した。ひとを見かけで判断しては……。
「ブザマね、リオ」
「けほっ。キョウコ、遅いぞ」
「なに言ってんの、勝手に迷っておいて」
 きょとんとしているリエに、キョウコが説明する。
「構内電話は完成してないけど、監視モニターはとっくに機能しているの。案の定、道、まちがえたわね」
「グチャグチャしてるほうが悪いんだ」
 リオがぽつんとつぶやいた。
「大西部の荒野じゃあるまいし、帰巣本能だけで走るからよ」
「言ってくれるじゃないか」
 あの、やめてください、とリエの割り込む声は、尻すぼみに消えた。
「とにかく、急ぐわよ。時間がないの。小松崎さんも、早く。司令、じゃない、ナオミさんが待ってるわ」
「あの、キョウコさん」
「何?」
「あたしのこと、リエ、でいいです」
 一瞬の沈黙。
「はいはい。早くしてね。ほら、リオも」 

 リエが連れてこられたのは、さらに地下深くだった。
 何かの研究施設らしいということは分かった。膨大なおカネがかかっていることも。
 誰が? はナオミおねえさまだとして。
 何のために?
 ほんとうはさっき、リエは。キョウコがナオミおねえさまのことを“司令”と呼んだことについて訊きたかったのだ。いったいナオミおねえさまは何を始めて、何のために自分をここに呼んだのだろう。
 気まぐれで呼びつけられたのだとばかり思っていたけれど。違うのだろうか。
 分からないことは増える一方だ。
 巨大なプールの上に渡された橋の上が、マラソンの終点だった。
「顔?」
 薄いオレンジ色の液体の中から突き出た紫色の塊。カブト虫の頭部のドアップ? いや。頭部だけが水面より上に出ているだけの、それは。
「巨大ロボット!!」
 リエにはそうとしか見えなかった。
「人造人間エスカレィシォン初号機。司令…ナオミさんがひそかに開発していた人形汎用決戦兵器よ」
 ヒトガタハンヨウケッセンヘイキ?
「キョウコさん、それっていったい…」
 どういうこと、と訊く前に。懐かしい声がスピーカー越しに響いた。
「よく来たわね、リエ」
 ガラスの向こう、制御室らしき場所に、リエの求めてやまない姿があった。
「ナオミおねえさま(♥)」
 感情を抑えられず甘い声になったのが分かって、言ってからリエは赤面した。
 豪奢な青みがかった頭髪に、やさしい微笑。しかし、それは悪魔の微笑だ。ナオミは生まれながらにして、求めることしか知らない。いまでも、彼女は生まれながらにしてすべてを支配する者だった。
 だから、ナチのSSのような黒い制服がとても似合っている。しかし、ここは仮装パーティーの会場ではない。
「おねえさま、いったい、どういうことなんですか、これ」
 返事はなかった。
「リエ。君はエスカに乗って、使徒と戦うんだ。これは、君にしか出来ないことなんだ。選ばれた少女、サード・ガールである、君にしか」
 横からぶつけられたリオの言葉を、リエはすべては理解できなかった。
「そんな…」
 そういえば友人が貸してくれた「サード・ガール」って少女マンガ、途中で切れたまま連載終わって、どうなったんだろう。リエは混乱するばかりだった。
「…乗る? …戦う? そんなの…できない、できるわけないじゃない!! あたしはちょっとピアノが弾けるだけの、ただの女の子で、成績はちょっとは良かったけど体育だけはいつも2で…」
「イヤなら帰りなさい」
 ナオミはぴしゃりと斬って捨てた。
「仕方ないわね。キョウコ、予備が使えなくなったわ。あの娘を用意して頂戴」
「はい」
 …ええ。ええ。零号機パイロットを使います。初号機パイロットは使えなくなりました。データは書き換えて下さい。フタマルで起動させます。ええ、それでやって…。
 キョウコが携帯電話(ケータイ)で何か命令している。
 ほどなく、白衣を着た数人に押されてストレッチャーがやってきた。
 載っているのは点滴につながれた少女だ。血のにじんだ包帯でぐるぐる巻きになっている。ダイビング・スーツみたいな白いスーツにも、あちこち血液が付着している。
 頭髪をポニーテールにして、リボンは赤だ。包帯と眼帯に隠れて、右目とその周辺しか顔が分からない。しかし、そのきついまなざしは、リエの知っているそれだった。
「ミドリッ!!」
 ここで出会ったこと、その状態に驚かされたことはもちろんだ。しかし、リエの胸中を占めた最大のもの、それは嫉妬だった。
 何があったのかは知らない。だが、自分が漠然とした日常のなかでピアノを叩いていたとき。この娘は命の限界いっぱいまで、ナオミおねえさまのために生きていたのだ。
 そのストレッチャーの上で“ナオミのために”苦痛に表情をひきつらせているのは、自分でなければいけないのに。どうしてこの娘なのか。いったい自分は何をしていたのか。全身の血液が逆流したのかと思うほど、リエの全身は熱くなった。
 ミドリはストレッチャーから降りようとするものの、身体が動かない。外見どおり、立てるような状態ではないのだ。
 そのまま、ストレッチャーからずり落ちて、少年のような細身の肉体を苦痛にふるわせている。
 ミドリのうめき声がリエを正気に戻した。リエは心の中で懺悔した。
 どう見ても絶対安静の状態だ。
「こんなの、ひどい」
 何の実験台にしたのかは知らないが、ここまでにしてなお、道具として使おうとしている。
 リエはナオミをにらみつけた。
 ガラスの向こうでナオミは不敵に微笑んで立っている。世界のすべてが自分のためにあると確信している微笑。
 その微笑ゆえにリエはナオミに惹かれる。だが、ミドリに対するこの仕打ちはあんまりだ。ミドリがかわいそうだ。でも、そうなってもいいのは自分だけのハズだったのに。リエの心中は相反する感情で引き裂かれそうだった。
 そのとき。大きな衝撃が周囲を走った。
 揺れと同時に、いやなきしみ音がした。
 どこからか悲鳴と、アブナイ、という叫び声が複数、響く。
 頭上から大きな金属塊が落ちてくる。レールから脱輪した重クレーンだと分かったところで、狭い一本橋の上では、逃げ場はなかった。
 リオとキョウコはその場にうずくまり、リエはミドリを抱き寄せて身を縮めた。他にどうしようもなかった。
 だが、いつまでたっても、予期される衝撃と苦痛はやってこない。
 おそるおそる周囲を見渡す。
 巨大ロボット? の右手がリエたちの上にあった。
「かばったの? エスカが? あの娘を?」
 リオは驚愕してつぶやいた。
「ありえないわ。誰も乗っていないのに。でも…動いた」
 キョウコも事実を把握しかねて、呆然と立っている。
 リエはエスカと呼ばれるソレを見た。
 昆虫の甲虫類を連想させる頭部装甲の奥で、1対の目がブキミに光った。
 得体の知れないロボット。
 怖かった。
 怖かったけど。
「あたし、乗ります。乗って、アレと戦います!!」
 いま、苦悩と悲劇をみずから選択してしまったということに、リエは気付いていなかった。
 ナオミの口の端が、意地悪く吊り上がったことにも。

「これを着てくれる?」
 更衣室でキョウコが差し出した、プラグ・スーツというそれは。ゴチャゴチャと何かの接続端子が付いていたが、基本的にはスキューバ・ダイビングのそれを連想させた。ただ、ミドリのと若干形状は異なっているし、色も青だ。
 青はあまりリエの好きな色ではない。とはいえ、色よりも、このスーツはインナーや身体のラインがばっちり出てしまうことに、リエは抵抗感を覚えた。
「あの」
「何?」
「ほんとにこれで乗るんですか?」
「どういうこと?」
 キョウコはややあって、破顔一笑した。
「だーい・じょぶ・じょぶ。すっぽんぽんで乳頭と陰部にケーブルを接続するなんて、いまどきオタク向けのアニメでもやらないわよ。だいいち監督は平・・弘じゃないんだから」
「はあ」
 もっと身体の線が出ないで済むのが着たい。そうリエはいいたかったのだけれど。わけわかんないこと言われて、笑って背中を叩かれては、なんだかなぁ、である。
「その色、ナオミさんが決めたのよ。リエちゃん用にって」
「え…そうだったんですか」
 とまどいながらも着替え出すリエを、キョウコは黙って見ていた。
 キョウコの胸中をリエが知ることになるのは、また後の話である。

 エントリープラグと呼ばれる操縦席を内包したカプセルに、リエは搭乗させられた。それごと巨大ロボット? の中に入れられ、操縦するのだ。
 LCLと呼ばれる薄褐色の液体でエントリープラブ内部が満たされてゆく。
 酸素溶解度が高い、生命維持と衝撃緩和のための液体だ。キョウコからそう説明はされた。しかし、密閉された空間で液体漬けになる、というのは。正直なところ、いい気分ではない。
 画像投影式の全周囲モニターが点灯し、ぼやけた画像がいくつか切り替わる。
「リエちゃん、聞こえる?」
 周囲を映しているモニターの一部に、リオの顔が割り込む。
「はい。大丈夫です」
 第二次接続、問題なし。内部通信、感度良好。いきなり起動するなんて信じられません。拘束具解除。エスカ発進準備。目標は強羅絶対防衛線を突破。迎撃予定地付近の住民の避難はすべて完了しています。
 何のことだか分からないが、リオのマイクを通して、周囲の雑音が入ってくる。
「いい? リエちゃん。余計なことは考えないで。歩くことだけを考えてね」
 だからリエだけでいいってば。あ、余計なことは考えちゃいけないんだ。
 歩く。歩く。歩く。……。
 プールの水が抜かれるに連れて、レバーの手応えに軽い負荷がかかってくる。
 歩く。歩く。歩く。……。
「エスカ初号機、発進!!」
 リオの命令に、リエはキョウコからレクチャーされたとおり、操作する。
 歩く。歩く。歩く。……。
 巨大ロボット? は動いていた。

エンディング Fly me to the Moon

 ミドリが上下さかさまで、ゆらゆら水面の中を歩いてます。
 ポニーテールほどいて。広がった髪の毛が、月を隠します。
 地上に墜ちた天使たちは、月まで飛べるのでしょうか?

次回予告

 意識の回復したリエは病院のベットの上だった。
 リエは記憶の混乱したまま、ガサツなリオと同じ棟で暮らすことになる。お嬢様育ちなリエはワイルドなリオの生活パターンに愕然とする。だが、屈託のないリオとの生活を、リエは悪くないと思う。
 入浴中、とつぜん使徒を殲滅した記憶がよみがえった。
 使徒陰部への過重攻撃。それはHマンガにありがちな巨人と巨人が×××するというものだった。男性体の巨大ロボット?の、その感覚。「い・や・あ!!」羞恥と嫌悪がよみがえり、絶叫するリエ。
 落ち込むリエにリオが追い打ちをかける。「リエちゃん。あなたはひとのためになるイイことをしたのよ」
 次回も、サーヴィス、サーヴィスぅ(♥)。

劇場版公開特別番組

 新世紀エスカレーションは全26話のシリーズとして製作された。以後の話の中から、興味深いエピソードを紹介しよう。

 第6話。攻守ともにパーペキな使徒「エリカ」。彼女の放つ矢は超強力で、エスカの装甲なんて紙同然、あっさり貫通。あやういところで命を拾ったリエは、再出撃が怖い。おじけづくリエにミドリは言う。「あなたは死なないわ。あたしが護るもの」
 陽電子ライフルでリエがエリカを殲滅するさい、ミドリはリエを命を賭して護る。壊れたプラグからリエはミドリを救出した。「なに泣いてんのリエ?」「ミドリ、もう、さよならなんて、悲しいこと言わないで」「ごめん。こういうとき、どういうカオしていいかわからない」「笑えば、いいと思うわ」しかしミドリは、ぷいと横を向いて言った。「あーんなことでしたら、いつでもどうぞ」

 第9話。早川コンツェルン独逸支部から来たセカンド・ガール。エスカ弐号機搭乗者。人魚型使徒「ミナ」の殲滅とひきかえに国連太平洋艦隊を潰滅させたその娘は、高校のときのクラスメイトにしてルームメイト、マリだった。米国LAに転校した、というのは偽装だったのだ。
 マリはリエたちと寝居をともにすることになった。ただ、マリとリオの仲がイマイチなのが気になる。原因は、マリとともにドイツからやってきたマイちゃんにあるようだ。リオとマイには過去に関係があったらしい。対して、マリはやたらとマイにべたべたする。結局、ドイツで何があったのか、リエには分からない。
 あいかわらず自己中心的(じこちゅー)でブリブリッ娘で少女シュミで…。快活なマリに振り回されるリエは、ひとり孤高を保つミドリが気になって仕方がない。
 マリとリエの呼吸があわないためにコンビプレー使徒「ランとカナタ」に一度は敗れる。しかし、リオの特訓の結果、殲滅に成功する(新くりいむ「サマーウインド」、旧くりいむ「スタートラップ」キャストよりゲスト出演あり)。
 みんながみんな、幸せだった頃のエピソード。楽しい合宿生活は、多くの同人誌の舞台になった。

 第11話。細菌型の使徒にマザーコンピューターをハックされ、危機に陥る早川コンツェルン地下秘密基地。キョウコと部下サトミの活躍で、細菌型の使徒を逆ハック、デプログラミングして殲滅に成功する。
「なんであたしがあんたの言うこと聞かなきゃなんないのよ」「落第して後輩になったあんたが悪い。ほれ、キリキリ働かんかい」
 キョウコとサトミがデキているという同人誌は、圧倒的にこの11話を舞台とするものが多い。

 第20話。使徒として殲滅したエスカ参号機には、リエの後輩、アリサが乗っていた。アリサが4人目の少女だったのだ。知らずにリエはアリサに大ケガをさせてしまった。ナオミに反逆したリエはあっさり取り押さえられてしまう。嬉々としてしてリエを拘置するナオミを、キョウコは黙って見ていた。
 結局、リエはエスカを降りた。そこへ最強の使徒「ミキ」が襲来する。マリは戦闘不能に、ミドリは自爆、しかし使徒は倒せない。にげまどう群衆の中で、スイカに水をやるマイちゃんに諭され、リエはふたたびエスカに乗り、使徒と戦う。

 第23話。2重スパイ・マイちゃんは消された。あのキャピキャピは偽装だったのだ。傷心のリオは、リエに言い寄って振られる。
 使徒と自爆したと思ったミドリが生きていた。しかし、ミドリはミドリではなかった。ミドリはリエに冷たく言い放つ。「知らない。あたし、たぶん3人目だから」。
 マイちゃんの残したデータから、リエとリオはエスカの秘密に迫るべく、立ち入り禁止区域へと侵入する。そこでは、キョウコが待っていた。ふたりはキョウコに地下深くに案内される。巨大な培養液水槽にゆらめく、たくさんのミドリたち。ふたりの目の前で、キョウコはクローン・ミドリを“破壊”する。キョウコはナオミを愛していたけど、ナオミはキョウコを見てくれなかったから。

 第24話。リエの代わりに求めたマイは、すでにリオのものだった。自分以下のどんくさいリエにシンクロ率を抜かれた。リエをめぐって敵視していたミドリの自爆に助けられた。そしてついに、シンクロ率ゼロ。自身の価値を喪失したマリは精神崩壊する。
 リエに接近する謎の美少女アリサ。ヴァイオリンを弾く気まぐれお嬢様はフィフス・ガールだった。
 アリサはミドリに言う。「あなたはあたしと同じね」。ミドリ3号は考える。「あの娘、あたしと同じ感じがする。なぜ?」。
 アリサに惹かれるリエ。しかしアリサは最後の使徒だった。リエはみずからの手でアリサを葬る。(旧くりいむ「黒猫館」キャストよりゲスト出演あり)

 ラスト2話。リエはナオミを愛しててもいいのか、グタグタ悩む。「これもまたひとつの世界」では、究極のM嬢に調教されたはずのリエが、あろうことか後輩に浮気し、おねえさまになろうと苦闘していた。Sである自分さえも、ありえる。気持ちの持ちようで、未来は、物語は、どんどん変わる。
 あたし、レズでもいいんだ。ペットでもいいんだ。Mでもいいんだ。おねえさまだけのモノでいていいんだ。おめでとー。創映新社にありがとう。富本起矢にさようなら。
 ばかやろー。
 公開当時、猛烈な非難と反発を招いた。

 劇場版。ファンの激怒を買ったため、ラスト2話は改作されることが決定した。さらに、旧作リメイクと新作部分を結合させた劇場版が公開されることになった。
 会社維持のココロが、傑作を壊す。これは、お客の望んだ世界そのものよ。新作部分は甘美な女学院エス物語を目指して製作された。
 しかし、新作部分は全体の25%にも満たず、完結編公開は半年先のこととなった。
 現時点ではまだ公開されておらず、詳しい情報は未確認。

 ゲーム版1。リエは記憶喪失に陥っていた。マリのいたずらで、リエは芸人だったことにされてしまう。分岐ストーリーの中でいちばんの評判は、リエたちが地球防衛バンドなるものを結成、エスカ開発資金調達の一環としてライブ活動をおこなう、というもの。

 ゲーム版2。美夕という転校生がやってきた。リエは思う。彼女、あたしに似てるかも知れない。でも、似てるのは髪を下ろしたときの顔だけだった。

 ゲーム版3。鋼鉄のガールフレンドという副題のみ発表されている。現在発売中のパソコンのなかで、最上位の数機種でのみ快適にプレイ可能という、きわめてマニア向けに製作される、とのこと。詳細は不明。

 他、「エスカレーション補完カード」など、再利用商品は続々と発表されている。水道局広報ポスター騒動など、話題も多い。しかし、そのすべてを紹介するには時間もページもあまりに足りない。よって省略させていただく。読者各自により補完していただきたい。
    −了−

Web版あとがき

 読了ありがとうございます。
 たまに、わたしでもブチ切れることがあります。
 1996年03月当時。
 新世紀エヴァンゲリオンTV版、ラスト2話。その前回にカヲル君が登場していなかったら、ここまでブチ切れはしなかったことでしょう。
 そこへ、エスカ実写版発売の悪夢!(イメージ壊れるの怖くて、見てません) 
 壊れたそのままに吐き出した結果が、これ。
 今は亡き即売会「WORDS」第3回あわせで発表。書いた時点では、エヴァ映画完結編もパソゲー各種も出てませんでした。
 即売会のとき、エヴァ本だと思われた方が多かったです。その表紙が、[opening]です。
 スキャナ持ってなかったんです当時。ワープロソフトから出力した文字を、トレッシングペーパー使って、コピー機で合成しました。
 これ書いたのはDos版一太郎5@NEC9801NX/C。当然、ファイル名は8-3形式。なつかしーなー。って、(Web化時点で)たった3年前! どこにやったっけ、というFDは、見つけれみれば1.2[MB]だし。DOS-V機じゃ、(工夫しないと)読めないじゃん。ルビ処理めんどくさいし。♥出ないし(注:“文字参照”を使うとブラウザでも表示させられる)。ここまで大昔の文章だともう直しようもない他人の文章。とほほ。
 ご感想などいただけると、うれしいです。