お留守番
      『蜜月まで何マイル・その後』


        2

"………う〜ん。"
 打って変わってこちらは、朝も早よからきりきりと凛々しいまでに引き締まっている。次の補給は決定のぎりぎりまで航海士にして大蔵省でもあるナミを悩ませていた。何しろ条件が悪い。海軍支部の出張所がある町で、しかも盗賊や海賊へのチェックが殊更厳しいという噂もある。何でも町の中央には、将来は准将・少将以上の将軍にならんという上級士官候補生たちが実地研修のために派遣される研修施設があるとかで、なればこそ、目こぼしや怠惰・怠慢といった官僚や役人たちにありがちな腐敗や癒着が少なく、折り目正しき公安運営が恙無
つつがなく執り行われている清らかな土地だということなのだろう。
一方、補給する方、つまりこちら側の事情はというと、食糧に関しては珍しくも性急な危機という訳でもない。ちょっと前にタイミングよく肉やら野菜やら酒・煙草やらを補充したばかりらしい海賊船と"袖擦り合って"しまい、売られた喧嘩に勝った"ご褒美に"と色々分けてもらったばかりである。(注;ナミやサンジによる独断的解釈やら曲解やらといった特殊なカラーが強い表現が含まれておりますので、お子様には保護者の方々がご注意してあげて下さい。
おいおい
ただ、先日、船長が思いっきりの遠くから"ロケット帰還"をしてくれた後遺症で甲板に大穴が空いていて、そこを塞ぐ板やら特別なクギやらといった資材が早急に必要なのと、石鹸やシャンプーといった…男共にはそうそう必要でなくとも?、女の子にはご飯と同じくらい毎日必要なトイレタリーものの買い置きが危なくなっている。
"…う〜ん。"
 何しろ"永久指針・エターナルポーズ"での航行中。どこの補給地でもそうではあったが、ここを逃すと次の確たる補給地は最終目的地のアラバスタまでない。これまでにも…噂を拾い、新聞を端から端まで読み漁り、時には闇の情報通の話をお金を出して買いまでして、仔細漏らさず情報を集め、正規のログは持たない"隠れ町"を幾つか見つけて来はしたものの、楽観的に構えると必ずしっぺ返しがあるのが海の怖さでもある。後になって"ああ、あの時…"と後悔しても遅いのだ。
「やっぱ、補給に立ち寄るしかないか。」
 眺めていたって条件が変わる筈もない海図を机に広げ、もう数十分ほどもじっと睨んでいたナミは、ため息混じりにやっと"決断"に至った。
"となると…。"
 次に考えねばならないのは着岸する場所と、買い出し部隊の編成である。正規の港に停泊出来ないケースはこれまでにも珍しくはなく、さほど頭痛のタネでもない。ただ、島の形状から潮の加減、ログとの干渉具合などなどを統合すると、ちょいとややこしい段取りとなりそうで、
"…どう組み合わせるかよねぇ。"
 グループ分けともなると単なる相性では済みそうにない"とある要素"を考慮する必要があって、ああ頭が痛いわとナミは再び海図を睨むのであった。

            ◇

「…という訳で、出発は明朝の着岸後すぐ。この編成はもう決定としたものだから、どんな希望も変更も受け付けません。い〜い? 判ったわね?」
 結局、ナミが選んだ着岸地点とやらは町までの距離が徒歩でほぼ10時間かかるというとんでもなく遠い場所になってしまった。日中の一日かけて歩いて夕刻近くに辿り着いた町で急いで買い物をし、一泊して翌朝早くに町から出発して夕刻近くに帰って来るという行程が最短のプランで、そこで…と組まれた段取りを、ナミが皆へと発表したのが朝食の直後。どういう訳だかルフィを見張り台へと追いやってからの発表で、だがその理由はすぐさま判った。というのが、

  ・買い出し班…ナミ、ビビ、ウソップ、ゾロ
  ・居残り班…ルフィ、サンジ、カルー
おいおい

 このような編成となっていたからで、
「ルフィにはゾロ、あんたから言っといてね。」
 軽く言われて、ゾロの眉が引きつった。
「…ちょっと待て。」
「何よ。文句があるって言うの? 海軍の出張所と研修施設があるのよ? 馬鹿高い懸賞金が懸かってて、す〜ぐ迷子になるルフィをウロウロさせる訳にはいかないし、ルフィを残すとなると、食事を確保してくれる人材を付けとかなきゃならないでしょう? 買い出しの方には方で、あたしたちの身を守ってくれて、荷物も沢山運んでくれる人材がどうしたって要るわ。ちゃんと考えて組んだのよ? これ以上の案があるって言うの?」
 立て板に水という勢いで並べられた理屈は見事な理論武装がなされていて、
「それは判っとるわ。」
 ゾロとしてもプラン自体の合理性とやらは理解している。ただ、
「絶〜っ対に恨まれるなりムクレられると判っていたから、この場からはひとまずルフィを外しておいて、奴に直接伝える役を俺に振り向けたんだろうがよ。」
「あら、賢い。」
 …ありありと判るって。
「じゃあ、そういうことだからお願いね。」
「おいって。」
 その奥底に…いい大人でも虚勢ならすぐさま引っ込むだろう、元海賊狩りの気魄の籠もった低い響きの制止の声を屁とも思わず、すたすたとキッチンから出て行く女航海士さんであり、
「あ、えっと。」
 同じ場に居たんですよ、の、王女様が慌てて後を追う。
「ナミさん、良いの?」
「何が?」
「だって…。」
 出て来たキッチンをそっと窺うように振り返るビビだ。彼女にしても、既にMr.ブシドーとルフィの間柄は把握していて、それを微笑ましいと理解しているところが"さすがは王女様、太っ腹だねぇ"ものなのだが(そうかなぁ)、となると、今度は逆の方向での気も遣う。相思相愛、両想いな恋人たちを、意味もなく徒に引き裂くのはどうかと思った彼女であるのだろう。ナミの側とてビビが言いたいことは重々判っているが、
「良いのよ。少しくらいは試練を与えなきゃ。そうしとかないと、世間的には尋常じゃないんだっていう自覚がなくなるわ。」
 ほほぉ…。じゃあ"身内的"には少しは尋常なのね。
こらこら
「さってと。俺も買い物リストを作っとかんとな。」
 場の空気の微妙な危うさに、仲間へは怖いものなしなウソップも少々腰が引けたらしく、とっとと退散してしまい、後に残ったのは…今回に限っては色んな意味からポジションを替わってほしいコック氏だけ。彼が剣豪殿に譲歩するとはまず考えられず、むしろナミ同様、試練をわざわざ作ってくれそうなタイプだ。
"…ったく、どいつもこいつも。"
 さっきナミに言ったように、彼女が提示した手筈には文句はない。ただ…自分は納得出来たが、これをルフィに伝えるのが何とも気が重い。自分との間柄というややもすれば自惚れっぽい要素を差し引いても、留守番という配置がまずは不服だろうからで、自分も行きたいとごねることは必至だ。それをあやして納得させる役目を自分へと強引に押しつけたことへ、ゾロが強く反発出来なかったのは…こちらからも皆の日頃の気遣いをひしひしと感じているからこそのこと。自分へ、ではなく、ルフィへのその気遣いは、自分が彼に感じているのと同じ、一種の"守ってやりたい"とする心持ち。手がかかるだとか頭が痛くなるだとか、口では何だかんだ言ってても、とどのつまりは皆もまたルフィが大好きで、傷つけたり落胆させたりしたくはないし、当然、嫌われたり恨まれたりもしたくはないのだ。
"それにしてもまあ…。"
 簡単なようでよく考えて分けられたグループ編成で、テーブルに残されたメモを摘まむと、感嘆を禁じ得ないというように…ちょいと呆れた顔にも近かったが…ゾロは口許を曲げて見せた。ナミが言ったように、この麦ワラ海賊団は、人数が少ないだの、だのに戦歴がにぎやかしいだのと、色々な意味で特長があり過ぎる。よって、海軍からも目をつけられていることは必定。頭目で船長のルフィと元海賊狩りのロロノア=ゾロはまず顔と名前が知れ渡っているから、こちらからも注意が要りような人物ではある。だが、だからと言って、桁外れの力持ちにして一人で一個中隊を壊滅出来るほどの戦闘能力を遊ばせておけるほどの余裕はない。バロックワークスからの刺客という要素も考えると、ビビだけは何としても守らねばならないし、それやこれやを統合し、突拍子もない行動という点で計れば、断然ルフィよりゾロの方が御しやすくて
おいおい常識に沿った無難な線を守ってくれそうなので、買い出し班の方へと割り振った…ということなのだろう。そんなこんなを推察していた彼へ、居残り組だと割り振られたサンジは、余裕の笑みを見せつつ声をかけてくる。
「安心しな。食事は出しても手は出さねぇからよ。」
 何へ、というのは省かれていたが、ニヒルな笑みがよく映えるすっきり整った二枚目顔にはどこかしら優越感があって…またそんな煽るような言いようをしてどうするね、旦那。途端に、こちらもこちらで、がらりと射貫くような眸の真顔になったその上、
「…当たり前だ。」
 顔近くまで持ち上げた片手で、チキッと妖刀"三代鬼鉄"の鯉口を切るゾロだったりするから、これは怖い怖い。この双璧の冗談は、どこまでがお遊びか判らんから怖いったらないのだが、
「おっと、選ぶのはあいつだぜ? まあ、守りたいって意志を示すのは自由だがな。」
「ふん。根っからの女好きがよく言うぜ。」
 その冗談、もしかして半分くらい本気なのかね、あんたたち。本気の姿勢がいつもお軽い嘘っこぽいのと、冗談めいたことを本気かけて全力でやるのと、どっちが性分
たち悪いんだろう。おいおい 本気も本気、今にも太刀を引き抜きそうな様子でいたゾロだったが、
「けど、そうだな…何か怖がるようなら添い寝はしてやってくれないか。男と同衾なんて、お前の主義に反することだろうけど、寝つくまでの間で良いからよ。」
「…はあ?」
 選りにも選って彼の側からトーンダウンしてそんなことを言い出したものだから、調子が狂ったらしい金髪のコック氏は勢いを削がれたような声になる。確かに…このバージョンの船長さんはオカルトが大の苦手で独り寝が出来ず、ゾロとのこういう設定も、見方を変えればそこから派生した成り行きのようなもの。とはいえど、だ。
「どうしたよ、おい。まさか…。」
 もしかしてルフィと何かあったか、と、大きく勘違いしかかっているサンジへくすんと微笑って、
「なに。こんだけ気を遣ってもらってて、素直に乗らないのも何だよなって思ってな。」
 メモをぴらぴらと振って、
「ナミはやっぱり頭が良いよ。先のことまで考えてる。」
 あらためてそうと認めた。
「たかが二日の話だぜ? だったら俺を残しておいても良い筈だ。食事なんて、いくらお前の料理で舌が肥えてるったって、一日二日くらいなら、パンだのハムだの缶詰だの、原材料をそのまま食ってもしのげるんだからな。ボディガードにしたって、顔が割れてる俺よりお前の方が打ってつけだろうに。」
 珍しく能弁なゾロに、サンジは新しい紙巻きへ火を点けながら、
「…で?」
 と、先を促す。
「ルフィをこのまま ただら甘やかしてちゃいかんと思ったんだろうさ。これからだって、どんなことが起こってどういうシチュエーションになるか、判ったもんじゃないからな。」
 …おや?
「腕っ節が強い奴なのに変わりはないが、その場その場の戦闘だけならともかく、長丁場な状況ってやつには何がどう転ぶか判らないって要素もある。覇気が鈍
なまってちゃあ勝てないってケースだって出てくるだろうしな。アラバスタに着いたら、恐らくはそんな戦いに突っ込むことにもなるんだろうから、日頃から色んな状況や境遇ってのに馴染んでおいた方が良かろうと思ったんだろうさ。」
 おおう、ちゃんとそこまで理解していらしたのね。
"…まあ、皆から甘やかされてるってのは俺へも言えてることだが。"
 それにちゃんと気づけるほど、気づかぬうちに随分と人間が丸くなったもんだと、我が身へこそ苦笑する、元・海賊狩り氏である。


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ナミの育った故郷は、ココヤシ村という。

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