お留守番
    
 『蜜月まで何マイル・その後』


        6

 翌日。
"…あれぇ?"
 自分が何処に居るのか、思い出すのに少しだけ間がかかった。いつもの匂いと温みにふんわり包まれて目が覚めたものだから、それと周囲の状況との落差があってのことだろう。居るべき人が居なくて、辺りの様子もちょこっと違う。先に起き出して部屋から出て行った時に灯してくれたらしい、ランプの小さな光がサイドテーブルにあって、それに照らし出されている室内の趣きがいつもと随分違うのだ。
"あ、そーか。ここってサンジの部屋だ。"
 昨日の、そして今の状況を思い出す。皆は買い出しに出掛けてて、自分はサンジと二人でお留守番。出掛けているのは皆の方なのに、何だか…自分の方こそ、どこかへ"お出掛け&お泊まり"しているような感覚がする。
「………。」
 ふるふる…と首を横に振り、ルフィは端っこを胸元へ掻き寄せていた毛布へと鼻先を埋めた。
"…今日の夕方、帰って来るんだ。"
 その小さな肩を背中を、温かくくるんでいるこの毛布の本来の持ち主が帰って来る。お楽しみを後まで取っておくかのように、わざと名前は呼ばないで、こくんと飲み込んだルフィだった。


 少し寝坊したルフィがキッチンに向かうと、もう朝食は大方出来ていて、オーブンの前に立っていた金髪の長身が振り返って来た。
「おっ、もう起きたか。」
「うん。おはよーっ。」
「顔は洗って来たか?」
「洗った。」
「頭は? 髪くらい梳
いて来ないか。」
「うっと、いつもはゾロが手で梳いてくれてる。」
「…ほほお。」
 何から何まで甘やかしまくっとりますなぁ、あの"お父さん"は。さっそくかよと、ゾロの痕跡のようなものを朝っぱらから数えたことへ、思わず目許を眇めたシェフ殿だったが、
「残念だが俺はそこまでしてやる気はねぇぞ。」
「うん。後で自分で梳く。」
「い・ま、やって来い。」
「ほ〜い。」
 自分だって保父さんみたいだということに、果たして気がついているのだろうか、サンジさんたら。

            ◇

 昼は海風、夜は陸風。地上の風は、気温の低い方から高い方へ吹き込む。水と土では土の方が暖まりやすく冷めやすい。よって、昼間は先に陸地の方が気温がぐんぐんと上昇するため、海から陸へ風は吹き、夜はやはり先に陸の気温の方が下がるため、今度は逆に陸から海への風となる。
「…クエッ。」
 ふと、カルーが声を上げ、キョロキョロしたかと思ったら、今度は落ち着きなくバタバタと甲板を行き来しだす。
「? 何だなんだ?」
「どうした?」
 朝食後の腹ごなし。船のあちこちに異状はないかと見て回っていた二人も、そんなカルーの様子には気がついて、
「お…。」
 沖の方からの気配を海風が運んで来たのだろう。岸を見るためにと、今朝方見張り台から持って来ていた望遠鏡を海へと向けると、やはり間違いなかった。
「…チッ。」
 選りに選ってこんな時に…と、サンジは舌打ちをする。
「どした? サンジ。」
「あん? ああ、海賊だ。」
 望遠鏡をルフィに手渡す。覗いてみたルフィもまた相手の姿を確認したらしい。
「こっちに向かって来るみたいだぞ? 結構、大きいかな。」
「ああ。」
 一応、帆は畳まれているが、海賊旗は掲げたままだ。ナミがうっかり指示を忘れた訳ではなく、そこまでの…姑息というか、弱腰な態度は取りたくなかったからだ。よって、注意力さえあれば、この船の正体は簡単に割れた筈。三千万ベリーの賞金が懸けられた麦ワラのルフィの一味であるとだ。
"さて、どうしたもんか。"
 すぐにも完全包囲陣が敷ける援軍を呼べる『海軍』でなかっただけ儲けものではあるが、この島周辺という海域をうろうろするような輩となると、よほどの馬鹿か腕に自信のある猛者かのどっちかだ。自分たちでさえ大事を取って密やかな行動を取っているのだから、推して知るべしというところ。
"…馬鹿の方なら良いんだけどもな。"
 今は二人しかいないこちらの陣営。やや大型な船を操る相手陣営は、大雑把に見積もっても百人弱というところか。ゾロがいない今、船はともかくルフィだけでも守り切らねば、彼を自分に託したゾロを始めとする皆に合わせる顔がない。どこか儀式のように新しい煙草に火を点けて、きりきりっと眉を吊り上げ、臨戦態勢に入る気構えをそ〜れはシリアスに固めかかっていたサンジへ、
「なあ、サンジ。」
 船長は殊更に呑気な声をかけて来る。
「ああ"? 何だ?」
 この正念場に何をまた気の抜けるような声をかけて来るかねと、守らねばならない対象ながら…心なしか少々邪険な声を返すと、
「あいつら、やっつけて良いのか?」
「…あ"?」
 短い一音の中に"何ですって? 意味が判りませんでしたわ。申し訳ありませんが、もう一度仰有って下さらない?"の意を込めて訊き返すと、
「だって、大人しくしてなきゃいけないからって、俺、留守番させられてんだしさ。」
 見やると、望遠鏡を片方の目許に当てたままなルフィは…どこかわくわくとした顔付きでいるではないか。…んん? ………そ・う・い・え・ば、
"あ…そうかそうか、そうだった。"
 サンジもまた、う〜〜〜っかり失念していた点。
"こいつ、結構強いんだった。"
 そうなんですねぇ。伊達にイーストブルー最高額の懸賞金がかけられている彼ではないのだ。…って、このシリーズじゃあねぇ。忘れ去られてても仕方がないかも。(嘆) そして、
"…チッ。"
 再びの舌打ちをするほどに、サンジがちょっと癪に感じたのは、自分が失念していたそれを、もし此処にあの三刀流の剣豪野郎が居たなら…彼ならばすぐさま"当たり前の把握"として気構えの中に織り込んだろう、と感じたからだ。そう、この少年のことを、戦闘の半分を任せて安心な、頼もしい"相棒"扱いにしたのだろうと。
「なあ、やっつけちまって良いんだよな?」
「ああ。丁度こっちは暇なんだしな。せいぜい盛大にお出迎えして丁重にお相手してやろうぜ。」
 かすかに沸き立った苛立ちごと、大いに発散させてもらおうじゃねぇかと、サンジの表情はなかなか怖げな迫力を帯びていた。…それって充分"筋違い"な"八つ当たり"では?

 ……………………………………で。

「かぁ〜〜〜、弱ぇ〜な〜、こいつら。」
 接舷しかかったタイミングを読み、それに先んじてこちらから相手側の甲板へ飛び込んで、ちょいと一差し…というノリで、二人がそれぞれの得意技を一流れのコンポとして披露したところ、それだけで全員がばたばたと倒れてしまったものだから、ルフィは呆れたし、サンジは…却って欲求不満がつのった御様子。
「…ったく、人数が多いから、手間ばっか、かかんじゃねぇかよっ。」
「? 何してんだ? サンジ。」
 見やれば…ロープを手に黙々と作業中な彼であり、
「お前も…そんな呑気に構えてねぇで、こいつら縛り上げるの手伝えよ。」
「? 何で? 俺たち、あっさり勝ったじゃん。」
 全員、いまだ気絶から覚めやらずという状態だし、この上、抵抗だの逆襲だの吹っかけてくるようにも見えないのだが。
「だからって、いつもみたく"去る者は追わず"って見逃してやれねぇんだよ、今はな。腹いせに海軍へ通報…なんてされてみろ。今度は海軍の軍艦が山のように押し寄せてくんぞ?」
「こいつらも海賊なのにか?」
「直接言いに行かんでも、電伝虫とかあんだろーがよっ!」
「ああ、成程。」
 やっと納得したらしく、手のひらを拳でポンと叩く。疲れるわ〜、この子と話してると。理解が及べば、そこは人並み外れた力持ちだ。大の大人の男どもを、ふわふわダウンが詰まったぬいぐるみ扱いで軽々と一つところに寄せ集め、片っ端から後ろ手にくくったその縄を、サンジからの指示通り、メインマストの高みへひとまとめにしてくくり留める。
「悪いが俺らが出航する時まで我慢してもらうぜ?」
 ゴーイングメリー号の外側に停泊?しているのを良いことに、ついでに外海からの目隠しにもなってもらうことにして、
「さ、戻んぞ。」
「うん。」
 朝っぱらからの一仕事を終えた二人は、自分たちの船へと戻った。ここまでにかかった所要時間、30分弱。相変わらず、人間離れしてらっさる方々だ。


『お留守番』Fへ

 ウソップ海賊団には、3人の少年団員たちがいた。

一覧へ⇒

back.gif 、6 /