サンジが最初に乗っていた船は、オービット号である。

   お留守番
    
『蜜月まで何マイル・その後』


        3

 …さて。
「えぇ〜〜〜っ!? 俺、留守番なのか?」
 本人に告げたのは出発直前。時間がないという状況には勝てないからという、口説く暇も無いほど突き放すような勢いがあった方がいっそ良かろうと思ったからだ。ある意味でやっぱり自信がなかったのね、ゾロさん。一方、船内が何となくバタバタしていたから、補給のためにどこかの島へ着岸するんだなというのは昨夜のうちから気づいていたルフィだったようだが、いつもは自分が起こすゾロが今朝に限って先に起きていて不在で、しかも部屋へ戻ってくるなり唐突にそんなことを言い出すものだから、先程の"えぇ〜〜〜っ!?"にも、説得側の気合いに負けないくらいの勢いがあった。
「いいか? ルフィ。よく聞けよ?」
 命令でも説教でもない"説得"だから、と、目の高さを同じくらいにするべく、ベッドの傍らに丸椅子を引っ張って来てそこへ座を占め、ゾロはおもむろに…噛んで含めるような説明を始めた。
「この島の港町には海軍の施設があって、しかも結構手ごわいらしい。これが喧嘩を売りに行くって言うんなら恐れるに足らんレベルだが
おいおい、今回は出来るだけ穏便に通過したいんだ。出来れば気づかれないようにな。そんなとこで3千万ベリーもの賞金の懸かってるお前がうろうろ出来るか?」
「賞金は皆にも懸かってるじゃないか。」
「それにお前はすぐ"迷子"になるだろが。」
「ゾロだって方向音痴じゃないか。」
「…大丈夫なんだよ。皆と一緒に行動する分にはよ。」
 ちょこっと言い淀んだのは、ルフィにまで断言されて少々傷ついたらしい。しっかりしろ、剣豪っ。
「留守番くらい我慢しろ。たったの2日だ。な?」
 宥めるように、出来る限りのやわらかな声で言い諭すゾロだが、
「だって…留守番なだけじゃなく、ゾロもいないんだろ?」
 あ、やっぱり。そっちへの不満も出たか。今さっき起こされたばかりで、ベッドに正座を崩したような座り方をしているルフィであり、
「明日の夕方まで会えないんだろ? もしかしたら、何かあったら、もっと長く会えないんだろ?」
 さすがに"泣き出しそうな"という声音ではなかったが、それでも…膝元に掻き寄せていた毛布をぎゅうっと握った指の関節が白くなる。
"ルフィ…。"
 ああ、こんなにも彼を脆くしたかと、ゾロは胸にかすかな痛みを覚えた。撓やかで強靭だった彼のココロは、いつだって強くてやさしかった。何でも受け入れ、彼なりに理解し把握し、許し、痛みも傷も、自らの哀しみさえも相手に押しつけない。自分なんかの殺伐とした荒ぶる心よりずっと上等で、それはそれは強くてやさしい彼だったのに。お互いを独占し合うという視野狭窄と、甘やかな馴れ合いという怠惰が、彼の純粋さを徐々に冒し、ゾロへと凭れて依存することを覚えたのと引き換えに、撓るばかりで絶対折れなかった強さまでもを脆くしたに違いない。
"………。"
 だが、それを憂う気持ちとは逆に、率直に求められることへの甘い陶酔もなくはなかった。世界一の剣豪の座を目指すこと以外においては、どちらかといえば執着心の薄い自分が貪欲になる唯一の対象。他への禁忌と裏腹に、慾に濡れてほとびるまま、耽っていたいと思ってやまない愛しい存在。そんな彼の側からも、多少なりとも…こんなに寂しがられるほど求められている。そう実感すると、彼を悲しませることへの罪悪感の陰にささやかな至福さえ感じられた。
"………。"
 そうだ、彼が弱くなった分は自分が守れば良いのだ。心も体も、存在そのものも、自分のこの命を懸けて守れば良い。してやれることは何だってしてやろう。海軍からの手配書が何だって言うんだ。傷一つつけさせずに守ってやれば良いんだ。
"………。"
 切なげな瞳との見つめ合いから、そんな想いを頭の中でぐるぐると展開させていたゾロだったが、そんなこんな考え込んでいる"間"を勿体ないと思ったらしいのが、この部屋へ一緒にやって来た"連れ"だった。
「言っとくが俺も残るんだぞ、ルフィ。」
 穏便に、若しくは分かりやすいようにと、いつもの闇色のスーツの上着は脱いでいて、青いカラーシャツの上へ愛用のエプロンをしたサンジがそんな言葉をルフィにかけた。日頃、キッチン以外では決して見せない格好なのも、ゾロへの援護射撃にと加勢に来たからには何がなんでも納得させてやるという彼なりの意気込みの現れであり、
「特別サービスだ。今日から二日はお前の大好物ばっかし作ってやるからな。」
「え? ホント?」
「ホント、ホント。食事もおやつもルフィの好きなもんばっかだぞ。幸い、肉もたっぷりあるこったし、お前の大好きな蜂蜜とチョコレートも手に入ったし。」
 ゾロとはタイプの違う男前な顔を、こうまでのそれを"同性"に向けるのは生まれて初めてじゃないかと思われるほど、柔らかく、且つ、頼もしくほころばせ、そうまで甘い甘い誘い文句を並べる"コックさん"なものだから…おいおい、まさか、もしかして。
「だったら良いや。」
 こらこら、船長。そんなあっさりと、しかも"にっぱーっ"と満面の笑みを見せては…。

  「………ほほお。」

 ほら〜〜〜っ! たちまち剣豪殿の眸が眇
すがめられて半眼となり、変温動物並みに体温まで何度か下がったかも知れないという様相と化した。他には大雑把で鈍感なルフィも、これにはすぐさま気がついた模様で、
「あ、怒った。」
「怒ってなんかねぇよ。」(と言いつつ、ややそっぽを向く。)
「ウソだ、怒ってる。」(ベッドから降りて来て顔をのぞき込む。)
「どうせ俺は飯より下だよな。」(もう少しそっぽを向く。)
「違うって。ゾロが居ないのも寂しいな。」(大きな肩に後ろからしがみつく。)
「嘘をつけ。」(知らん顔を続ける。)
「ホントだって。置いて行っちゃヤダ。留守番はするから、ゾロも残ろうよぉ〜。」
 逞しい首筋に鼻先を擦りつけるようにして一所懸命甘えるルフィであり、
"う〜ん。こいつら、二人っきりん時はこういう会話をしとるのか。"
 笑っていいやら、それよか呆れるべきか。サンジが…甘さが高じて苦くなったシロップを舐めたような、微妙に複雑な顔をしたその時だ。

 「……………あんたらねぇ。」

 陰に籠もって物凄く、それはそれは低い声が響いて来て、次の瞬間、

 「「「………っ!」」」

 ドガッという炸裂音と共に、木屑を舞い上げて粉砕されたのは、結構堅い材質のドアだった。
「とっとと出掛けないと、明日の帰りがずれ込んでもっともっと遅くなるだけなのよ?」

 「…はい。」「お、おう。」「………行ってらっしゃい。」

 いやぁ〜、やっぱり最強だわ、ナミさん。後に"化け物三人衆"とまで呼ばれる男ら3人が震え上がった室内を覗きもせず、
「ドア材1ケ…と。」
 ウソップは結構冷静にメモにそうと書き足していた。


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