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by.大久保美籾&狐月

シュークリーム作ったら

 放課後の家庭科準備室。
 セミロングのおねえさまが、ショートカットの娘に、お菓子づくりを教えてます。
 なんたって、もうすぐバレンタインですからね。
 おねえさまは小松崎リエ。そばかす娘はアリサちゃん。
「アリサちゃん。カスタードクリームはこうやって…ほら。シューに詰めるのは、こう」「こう…あれ? うー」
 行儀みならいで学生会あずかりになってるアリサちゃん。運動はそこそこ得意ですが、お茶とかお花とかお菓子とかは。ちょっと…いえ、かなりニガテです。
「ほら。こうやって詰めるの。んもう。まだチョコシューもあるのよ。ほら。もっと根気よくがんば」
 べしゃ!
 リエおねえさまの顔面は、真っ黄色のべとべとになりました。。
「もぉヤだ! あーしろこーしろ、イチイチうるさいリエおねえさまなんて。ダイキライ!」
「アリサちゃん。待っ」
 待てと言われて待つ者は、いません。
 どんくさいリエちょわんをあっさり振り切ったアリサちゃんは。
 裏の温室に逃げてきました。
 逆ギレがおさまると。
 やっぱ自分が悪かったかな、と。シュンとなります。
 ボク悪くないもん。涙がこみあげてくるのはリエおねえさまの教え方が悪いんだもん。とアリサちゃんの憤りが、こぼれ落ちそうになったそのとき。
 ぎぎぎぃと、温室の木戸が背後で鳴って。
 振り返ると、ポニーテールの少女が。猫のような吊り目で嗤ってます。
「ミドリ先輩」
「リエとケンカしたのね」
「…なんでも、ありません」
「ふふふ。ぜんぶ顔に書いてあるわ」
「え…あっ!」
 アリサのほっぺには、カスタードクリームのおべんとが。
「総攻めはなんでも知ってるのよ」
「ウソだぁ。またのぞき見してたんでしょミドリ先輩わ」
(ぴーぴーぐりーんってマリ先輩が言ってましたよ)(あの馬鹿マリ〜)
(あ。みろり先輩、ぴーぴーぐりーんって、どういう意味ですか?)(ほんとはピーピング…んな下品な英単語、さっさと忘れなさい) (あた。ぐーで殴らなくても。けちぃ)
「あ。やっぱりここだ。アリサ! ちょっと顔かしな」
 そこへ乱入してきて、いきなしアリサちゃんのほっぺたに平手ぱんち食らわせ…そこねて空を切った少女は。ちゃきちゃきの二房頭[ツインテール]。
 はい。うわさをすれば影、です。
「マリ。手は口ほどにものをいい、は。マリアさまの教えじゃないと思う」
「離しなさいよミドリ。リエを泣かせた対価を請求しただけよ」
 マリ二発目を、止めたミドリは、つかんだ腕をねじあげて、マリを押さえ込みます。
 アリサちゃんは、といえば。ちゃっかりミドリの背後に隠れてます。
 残念でしたべろべろべぇと、あかんべぇして。
 ミドリにキめられたマリは、動けません。注がれた油は、怒りの紅潮に回っただけです。
「ミドリ。しつけのなってない下級生に、神のさばきを下すのよ。離し」
「ダメ」
「なんでよ。こいつリエを泣かせ」
「マリ。顔はダメ。あとが残るとリエにバレる。げしょぼこにするなら、…腹よ」
 静かに笑う吊り目にねめつけられて、毒気が抜けておとなしくなったマリ。
 一方で、安全地帯がトラの尾の上だとしったアリサが、あわてて逃げだそうとしたものの、その首根っこをつかまれて。ミドリのアップが迫ります。
 静かな殺気とともに。
「みみみミドリ先輩が不良ってのはウソですよね。桜田門のヨーヨーとか隠し持ってたりしませんよね」
「さぁ。どうかしら」
 ごめんなさい、ごめんなさいを連呼して目をつぶったアリサちゃんは。ほっぺたに生あたたたかい感触を感じて。
「ふふふ。おいしいクリームね」
 アリサちゃんは、ミドリにからかわれたことを知ります。
「シュークリーム。誰に作るの?」
 ミドリに訊かれて。バツが悪そうにアリサちゃんは応えます。
「…リエおねえさまと、それと、おねえさまみんなに」
「よろしい」
「そうそ。分かればいいのよアリサちゃん」
「あ。すぐ先輩風吹かすぅ。乱暴なマリ先輩のぶんだけは購買部のツブレ甘食でいいですよね」
「可愛くない!」
「やめなさいよマリ。大人げない」
「なによ。このわたしが手伝ってあげるのよ。ありがたく思いなさい。クリームシューとチョコシュー、みんなで作るのよ」
「みんな?」
「ミドリ、あんたもよ」
「わ、わたしはナオミおねえさまに言いつかったおつかいが」
「うそばっか。つべこべいわず、手伝いなさい」
「そういって、“また”ぜんぶわたしにやらせるんでしょうが」
「失礼ね。役割分担よ」
「そうそう。ミドリ先輩が作る人で、マリ先輩が食べる人」
「アリサちゃん。やっぱ、一発殴らせなさい」
「やだーミドリ先輩助けてー怪獣ツインテールが暴れるー」
「誰が怪獣よ」
「あーもーやめれ、二人とも」
 そして。のこのこ家庭科室に戻ってきた3人ですが。
「おまえたち。リエひとりだけ残して、どこで油売ってきたの?」
(げ)(やば)(…口笛吹いちゃおうかな)
 そこにいらっしゃったのは。おねえさまの中のおねえさま、ナオミおねえさま。豪奢な黒髪にこぼれる笑顔のおねえさま…こめかみに青筋マークつけて。
「まさか恵まれない子供たちの施設に寄付するシュークリーム400コ、ぜんぶリエひとりに押しつ」
「もうしわけありません、おねえさま。植物園までハーブがないかと探しに行っていたわたしが戻らないので、マリとアリサちゃんが迎えに来てくれたのです」
「まぁ。仲がいいのねあなたたち(やっぱりさぼってたんじゃない)」
「はい。わたくしたちはナオミおねえさまの、プチ・シューですから(そんなことはありませんよ時季はずれで手間が)」
「じゃあ、いつが食べごろかしら?(体に真実を訊いてもいいのよ?)」
「上下じっくりとオーブンで焼き上げてからと(まさか裏表かくすことはなにも)」
「しかたないわね(まぁ、いいわ。きょうのところは)」
 なんだか、アヤシイにっこりを交わしてるナオミおねえさまとミドリです。
「じゃ、わたしは運動部総代と文化部総代と打ち合わせがあるから、任せたわね。あ、アリサちゃん」
「なななんでしょう」
「つまみぐいしちゃ、ダメよ」
「えへへ」
「なに照れてるのアリサちゃん」
「だってリエおねえさま。ナオミおねえさまにアタマなでてもらっちゃっ…た。あ…その、さっきはごめんなさい」
「いいのよ。それより。続きをしましょう」
 にっこりマリア様のほほえみ。リエおねえさまのこれがあれば、シューはオーブンがなくてもふくれあがるのではないだろうか。とアリサちゃんは思う。
「うん」
「うんじゃない、でしょ」
「はい!」
 あ。
 何か気付いたアリサちゃん。
(マリ先輩、ミドリ先輩はいつハーブなんて?)
(知らないわよ。どーせ最初から温室で寝てて、たまたまポケットにでもまぎれこんだだけでしょアレわ)
 何だか怒ってるマリ先輩は。ちゃんと作る人になったそうです。

「学生会のお仕事、ごくろうさまです。余分に作ったシューを、差し入れです」
「あら、アリサちゃんありがと」
「へー。ブルーベリーが入ってる」「あら。わたくしのはチェリーでしてよ」と、いう声が聞こえる中。
 がりっ。
 学生会長の口から、異音がした…のは、本人以外には聞こえなかったみたい。
「早川さんのには何が入ってらしたの?」
「ア、アンズでしたわ。おほほほ」
 ほんとは、梅干し。
 ささやかなイタズラの真犯人が誰で、誰に食べさせるつもりでイタズラを仕込んだのか。しかし結局それは誰かさんのせいにされ、どんな秘密がその夜に作られたのか。
 それは、マリアさまの御微笑みの中にしまわれた秘密です。

あとがき

 2002.0208.(金)放送の、アンパンマンから。クリームパンダとメロンパンナちゃん、一緒にシュークリーム作ってたのに。メロンパンナちゃんのおねいさんぶりに、クリームパンダが逆ギレして、飛び出しちゃう話。それを、転用。
 勝手に話が転がってくれて、書いてて楽しかったです。
 脱稿後、ナオミさんが美籾のトコに来ました。梅干しのタネ持って。超怖かったです。
ご感想などいただけると、うれしいです。