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by.大久保美籾&狐月

マイラの三姉妹

「マイラの三姉妹」
(トルコ共和国)
(語り:市原悦子 脚本:大久保美籾)

 むかぁしむかし、あるところに3人の姉妹が、おった。
 
 あるところ、とは言葉のアヤで。街の名前はマイラと言った。アナトリア半島南岸の、そのちいさな漁村は、現在のトルコ共和国カレと伝えられる。
 むかしはむかしに違いない。4世紀も前半なのだから。ヒッタイトがペルシャでギリシャがマケドニアの…、このころはローマ帝国と呼ばれておった。

 さて、その3人の姉妹。
 街の名前をとって、“マイラの三姉妹”と呼ばれるほどに、それはそれは美人な三姉妹だったそうな。
 姉妹は三つ子だったそうな。
 長姉はボーイッシュで、まんなかは可憐で、末妹は元気一杯だったそうな。
 髪型は順に、ポニーテールと、芸のないセミロングと、ツインテールだったそうな。
 中身も外見も、ぜんぜん似てない、三つ子の姉妹だったそうな。
 
 ただ、3人は、やはり姉妹。
 3人とも、たいそう深〜くキリスト教を信仰していたそうな。
 いっときほどの迫害はないとはいえ、ローマでキリスト教が国教化されるのは、あと百年は先のこと。
 敬虔なキリスト教徒〜つまりガードが堅くてなびかない女〜である、美人三姉妹は、それはそれは有名だったそうな。

 ある日、3人同時に婚礼が決まった。
 しかし、困ったことに。
 おうちは貧乏で、挙式の費用がぜーんぜん足りなかったそうな。
 
(プロジェクトXは、ゆきずまった)
(だれもが絶望を脳裏に描いた)
(三姉妹は、ミッション系女子校育ちのビアンだったので、心底、男と結婚したくなかったのだ)
(と、そのとき歴史が動いた!)

 かしこい長姉は、いいこと? を思いついた。
「ハ。しかたないわね。わたしが売春して、あんたたちの婚礼費用を作ってあげるわ。あんたたち“だけ”結婚しな」
 まんなかと末妹は、驚天動地[パニック]の中に叩き込まれた。
 
「そ、そんなことダメだわ。神様がお許しにならないわ」
 まんなかは素直に驚いて、顔面赤面で、うつむいたあと。
「わ、わたしが花街でおカネを作ってきます」
 悲愴な決意で、とんでもないことを言った。
 日頃、もっともおとなしそーな顔をして、もっともおとなしそーなことを言うくせに、結局はもっともとんでもない行動に出るのは、いつも、まんなかだった。

「そんなのダメよ、ふたりとも。わたしが行くわ!」
 末妹は、勝手に場を仕切るように言った。
「なんであんたなのさ」
「だって、わたしたち姉妹でしょ! ずっと姉妹よね! ね!」
「却下。あんたなんか売りたくとも売れないでしょうよ確実に」
「のわんですって! 吊り目のスケバン刑事[デカ]なあんたのほーが、売り物になんないでしょーが!」
 そう末妹が言う前に、平手ぱんちが長姉のほほに決まってたので、とっくみあいのケンカになった。
 まんなかが止めに入……らなかった。
 ひとりで妄想モード全開だった。
 ああ、いけないわ、はしたない。き、きもちいいから言い出したんじゃないわ。かか神様がお許しにならないわ。きき禁断のソナタをかなでるわけにはいかないもの。あ、あんなことされて…ああ、いけないわ。こ、こんなことされたら…でも、ああ神様、罪深きわたしをお許しください。
 まんなかは、お祈りしながら、ええとその、いわゆる“ヌレヌレ”、だった。

「あんたがイチバン人気ないでしょーが」
「フン。ぶりぶりっこよりはマシだと思うけどね」
「ナマイキ! キレイゴトならべて、ほんとは単にアンタがヤりたいだけでしょーが、インラン発情猫」
「ふふん笑止。語るに落ちてるわね。ヤり逃げしたいから言い出したのは、アンタのほうでしょ」
「むっかー」
 ああ、いけないわ、そんなこと。
 喧噪の中、まんなかはひたすら神に祈っていた。

 長姉と末妹がとっくみあいで、まんなかが神に祈る。
 おなじことが繰り返されて。
 7日目の晩のことだったそうな。
 おなじことが繰り返されようとしていた、まさにそのとき。
 三姉妹の家の木窓を壊して、なにかが、投げ込まれたそうな。
 革袋がみっつ、じゃった。
 中には金塊がぎっしりつまっていたそうな。
 それと、手紙が一通。
「おまえたち、バカなことやってないで、さっさとわたくしの屋敷へ来なさい!」

 砂金を投げ込んだのは、街の聖人、聖ニクラウス様だった。
 美貌、知恵、財そして名声…街中の尊敬をあつめてる御方だった。
 修道士のジジイ?
 いえいえ。うら若き、それはそれは美しい乙女だった。
 まさに天使様が降臨なさったと誰もが思っておったそうな。
 しかし。
 その仮面の下の真実を知ってる者は、さきの三姉妹だけ。
まさにルシファー様〜天使の長にして魔王となる〜の生まれ変わり、だったそうな。
 
 その砂金の量は、婚約破棄・慰謝料どころか、つぎの婚礼費用を足して、なおあまりある量だったそうな。
 三姉妹と聖ニクラウス様は、つつましくも華やかな式を挙げ、皆に祝福され、末永くしあわせに暮らしたそうな。
 でめたし、でめたし。

 ちなみに、この聖ニクラウス様が、のちのサンタクロースのモデルとなった御方で。
 投げ込まれたみっつの革袋、それがプレゼント交換の起源となったそうな。
 どっとはらい。

あとがき

 聖ニコラウス教会[アヤ・ニコラ・キリセシ]の伝承より。
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