炎水晶の迷宮 @-b  “蜜月まで何マイル?”


 何だか話の方向性が定まって来たような。
おいおい 室内に居た全員がその視線と意識を注ぐ中、ルフィの姿の中へと取り憑いたらしき"姫君"は、彼女の側でも多少は落ち着いたのか、それまでどうにも上擦っていた声を落ち着けると、そこからは淡々とした声になってその身の上を語り始めたのである。
《当時、王国は残忍な海賊の群れに取り囲まれておりました。幾度となく奇襲を仕掛けて来た船団を、強化された我が国の軍勢はいつもいつも悉く追い返していたのですが、あまりに守りの固い我が国に業を煮やした海賊たちは、とうとう一時的な同盟を結んだのです。連合軍と化した彼らが一斉に攻め込んで来ると判って、しかも国内の軍勢への疲弊もそれはつのっておりました。こうなってはもはや勝ち目はあるまいと悟った父は…パエンナ八世は、重臣たちを集めて決意を表明し、国民たちを国外へ避難させるようにという指示を出しました。そして…秘術をもって私を封印とし、とある秘宝を封じたのです。》
 人ひとりの生命を代償にした封印。しかも、彼女の言いようだと、その代償とされるのは、王家の、つまりは術者と血のつながった子らでなければならないようで。さぞや強力な、そして何と悲しい秘術があったものだろうか。その点へ感じ入るものがあったのだろう、
「自分の娘を秘宝の守りに封じ込めるなんてよ。ちょっとひどい王様じゃねぇのか?」
 ついついこぼしたウソップの言に、
《それは違います。》
 ルフィは、もとえ…王女は、意外にもキッときつく見張った眼差しを上げてそうと言い張った。
《残忍な海賊たちが同盟を結んだ連合軍。そんな彼らに資金源となる財宝や途轍もない秘宝が渡ったら、彼らは勢力を拡大し、被害は我が国だけに留まらず、悲劇もまた拡大するばかりとなった筈。それを防ぐためにと、父は決断し、一人娘だった私をその封印にと用いたのです。》
 ドミニク姫はそれは毅然とした顔できっぱり言い放ったのだ。そんな彼女の言へ、
「そうね、それと。」
《???》
「あなた自身を守りたかったというのもあると思うの。」
 同調しつつももう一言を付け足したのはナミである。
「宝石の中に封じてしまえば、海賊たちの手に直接落ちるということもなくなるでしょう? さぞや美しい姫だったのでしょうし、だとして…得体の知れない輩たちの手にさらわれて、どこかへ売られでもしたら? 子供の生き方をねじ曲げた身勝手には違いないけれど、親としてそんなことには耐えられなかったからだと思うわ。」
 非業の最後や汚らわしい者たちからの凌辱。そんな悪夢にその清らかな体や心を踏みにじられるくらいならと、そう思っての決断だったのかも。
「う…ん、成程な。」
 だとすれば尚更に、なんとも悲惨で苛酷な目に遭った姫なのだろうかと、皆が一様に口を閉ざした。だが、それはそれ。
「ねぇ、ドミニク姫。」
《"ドミニク"で構いません。》
「あ、そう? じゃあ、ドミニク。あなた…これからどうするのかな?」
 妙な訊きようだが、それこそが大事。いつまでも我らが船長殿に憑衣されたままというのも困る。だが、訊かれた姫の側も、
《あ、えと…。》
 少しばかり項垂れると、またまたテーブルに重ねた自分の小さな手を見やるばかり。これはもしかしてもしかすると…。
「…もしかして。あなた本人には、どうすれば良いのかまでは、伝えられていなかったのではなくって?」
 そんな恐ろしいことをわざわざ確認したのが、聡明でクールなお姉様・ニコ=ロビン嬢。結構辛辣というか、あからさまで身も蓋もないところは相変わらず。悪の組織に居たからというよりも、元からの素養なのではなかろうかとは、後に皆して見解の一致を見た分析だったが、それはさておき、
《………。》
 無言のままながら小さく頷いた王女に、その場にいた全員が思わず肩を落とした。………どうなってしまうんでしょうか、この海賊団は。

  『俺は海賊王になる男だっ!』

 溌剌と飛び込んだ敵陣のど真ん中で突然人格が入れ替わった日には、

  『あれぇ〜〜〜! 怖いです、喧嘩なんてやめて下さい〜〜っ!』

 ………そいつは凄げぇや。(笑)いや、笑いどころじゃないかもな。一瞬で大ピンチだぞ、船長。
"そりゃあネ。庇えって言われりゃあ生命張って庇う男が居なくもないけど。"
 俺はやるだけのことはやったんだからお前も命懸けろよ、でないとぶっ殺すからな…くらいの気迫あっての"良い仕事"をお互いに徹底してこその連帯が、ホントの"仲間"ってもんだとか何だとか。いつぞやチョッパーに熱く語っておられた御仁だが、それとは裏腹、刃物持った敵が襲い掛かれば素早く割って入って身を盾にし、船長を守るのがもはや"習性"にさえなっている節のある人が約一名。…ねぇ、剣豪?
"うるせぇなっ!"
 おおう、睨まれてしまったぞ。そういった余談・脱線はともかく。
「…ご本人を前にしてこういう言い方は失礼かもしれないけれど。」
 どうしたものかと、妙な沈黙が垂れ込めかかった室内だったが、そんな重苦しい空気を打破したのが、やはり…年上の才媛・ロビン嬢である。
「除霊の必要があるとなると、ここはやはり彼女の望みを叶えてあげるのが本道なのではないかしら。」
 …除霊って、あんた。そんなストレートに言わんでも。ホンマに…クドイようだが、身も蓋もない人である。開いた口が何とやら…というよな表情になった皆も、揃ってそんな感慨が胸中へと沸いたようだったが、とはいえど、彼女が言うことにも一理あり、このまま糸口さえ見つからないで居るよりは ずんとまし。さすがは才媛で、しれっとした顔で辛辣な言いようをしつつも話を進めてくれたところは、さすが"年の功"である。
こらこら、くどいぞ。
「そうね。本来だったら封印というお仕事の性質上、この水晶の外に飛び出す筈のないあなたを呼び出してしまったのも、見方によっては何かの縁ってものなのだし。」
 ナミも頷き、同座していた他のクルーたちにも異存はなさそうな気配。でも、こういうシチュエーションって、普通はこちらがお願いを叶えてもらうのがセオリーなのでは?
"だから。この彼女にはそういう能力はないんだってば。"
 ああ、はいはい。登場人物から説明されてる、頼りない筆者でございます。
(笑)
「ねぇ。何か叶えてほしいことってないの?」
 先程の助け舟を出したのもそうだが、ナミにしてみれば…女同士で何かしら助けになれることがあるのならと、そんな気持ちも強く沸いたに違いない。かつて同行していたあの皇女へも感じた、人のためにばかり懸命な一途さや健気さには、ついつい加担してやりたくもなるのだろう。少年船長に宿った姫君はといえば、そうと問われて…だが戸惑いを隠せず、俯いたまま。あるにはあるが口にするのが偲ばれて、という風情でいるのを、こちらも根気よく待ってやると、
《…あの。》
 蚊の鳴くような、それはそれは小さな声で、ようやっと口を開いて。
「んん?」


  《私、自分の国へ帰りたいです。》


 ………おっと。
「そう、なの。」
 これは、だが、当然のお答えでもあろう。そんな想いが募っての今回の奇跡なのかもしれない。もしくは、その母国にて封印のお役目を果たさねばならない何かから引き離されたことで、彼女にかけられていた術とやらが緩んだのかも。そんなこんなな裏書きはともかく、彼女からの希望を聞いた上で、
「…判ったわ。」
 くっきりと頷いたのは航海士嬢。
「おいおい、ナミ。」
 すぐさまウソップが非難がましい声をかけたが、
「何よ。ダメだっていうの?」
 強気な彼女がともすれば"喧嘩腰"に肩をそびやかすものだから、
「いや、だからな…。」
 たちまち圧されるところが何ともはや。ところが、
「決定権はお前にはないだろが。」
 言い淀みかかったウソップの声がまだ消えぬうち、すかさずのように言い切った者がある。
「え?」
 選りにも選って…ゾロが厳然とした声でそんな風に言い切ったものだから、
「ゾロ…?」
 これが意外だったらしいチョッパーが、ついのことだろう"どうして?"と訊きたげな語調の声をかけている。ぶっきらぼうだが心根は温かな彼だと知っている。ルフィの姿をしてはいるが中身は別人。惑わされない彼だというのはそれなりにさすがではあるが、ならばなら、小さき者弱き者へは特に、そっと内緒で優しくしてくれる彼なのに。チョッパーやルフィへ…実のところは強かったり大きくなれたりする彼らなのだが、日頃のあれやこれやの場では、どこか覚束無くって。そういうところを見かけると、苦笑混じりにいつだって手を貸してくれたり構ってくれたりする彼が、幾らかは怪しい現象だとはいえ、一応は存在を認めた気の毒な娘さんの切なる願いへそんな答えを出すとはと、何だかとっても意外で…だが、
「この船の進路にかかわる決定権はルフィにある。だから、決めてかかるのは奴に確かめてからにしな。…まあ、断りはしなかろうがな。」
 そうと付け足す彼であり、妙に尖りかかってた空気がすぐさまほやりと溶けて温まる。
"あ〜、びっくりしたvv"
 そうだね、チョッパー。彼ったら妙なところで頑迷というか石頭だからね。
"そりゃ違うだろ。"
 はい? 何ですか? サンジさん。
"あんたが思ったように、あのまま話が進められちゃあルフィの権限ってのが要らないって前例になっちまうから…ってのが、一番に気になった奴なんだろけどな。"
 うん。だから、順番を通せよって意味から、手順を踏めよって事をわざわざ言い立てた彼なんでしょう? 他にも何か含みがあるのですか?
"ルフィが"此処に居ない扱い"にされるのが堪
たまらなかった。ただそれだけだよ、ありゃあ。"
 おおう、んな、はっきりと…。
"そか。そだな。ゾロはルフィのこと、大好きだもんなvv"
 チョッパーまで…。ま・いっか。
「じゃあ、ルフィには、後で呼び出して確認を取るということで、それで良いのよね?」
 他の皆へも一応の意思確認。首を横に振る者は出なかったため、それで改めての"決定"と相成った。…それにしても、こういう種類の決定事項を船長に事後承諾しちゃう船というのもなかなか珍しい。
(笑)
「さあ、それじゃさっそく、場所を確かめなくっちゃね♪」
 海図を攫って考証しなくちゃと、自分の専門分野であるためにか、意気揚々として来たナミへ、
《ありがとうございます。》
 姫様もそれは嬉しそうに頭を下げ、周りの皆様へもこまやかに頭を下げて見せた。どこかたどたどしい、だが、隠し切れないささやかな喜びの気配は、その場にいたクルーたち全員へもじんわりと伝わって。慎みのある微笑みにほころぶ口許がなんとも愛らしい印象を滲ませているばかり。


  ……………とはいえ。


《………。》
 どこかモジモジと恥じらっていた"姫"であり、
「? どうかしたの?」
 ナミから問われて、顔を上げると…こうと一言。

  《…殿方のお体は、その、ちょっと…困ります。》

「あ…えと。」
 そりゃそうだろう。何せ、勝手が違う。やんごとなき姫君でなくたってよく判らない構造とかな訳だし、見慣れない代物とかがくっついてたりもするのだし。
(笑)何十年振りだか何百年振りだかに得た身体が、選りに選って"男"だっただなんて、気の毒にも程があるような…。
「実際問題、トイレや風呂はどうすんだ?」
「いちいち気絶してもらうしかないわね、こりゃあ。」
 こればっかりは、ナミとしても…頬をカリカリと指先で掻きつつ、そうとしか言えなかったのであった。


←BACK / NEXT→***


back.gif 、1-b/ 4-b終章