炎水晶の迷宮  “蜜月まで何マイル?”


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 それは、とあるお宝を巡る会話から幕が上がったお話である。


「うわぁ〜〜〜、綺麗だわぁ〜vv」
 海賊に付き物なのが"冒険"と"お宝"。ルフィを筆頭とした男性陣の目的が、不思議にまつわる探検や誇りを懸けた戦いなどという"冒険"なら、今は亡き伝説の大海賊やら王朝やらが遺した財宝に目がなくて食指も動くナミの目的は…いや、そればっかではないのだろうが。それでも…、
「悪い? ちゃんと第一の目的は自力でこつこつ果たしているわよ?」
 そ、そうでしたね。そもそものナミの目的は"自分の目で実際に見て回って集めた資料を元に、グランドラインさえも網羅した、完全な世界地図を描くこと"である。そして、そちらは彼女が言うように自分の手で日々こつこつと達成されつつあること。お宝に目がないのは、ちょいと昔、たった一人で1億ベリーを集めねばならなかったという苛酷で悲壮な状況下で泥棒稼業を重ねていた実体験が及ぼした"後遺症"のようなもの。8年にも渡る海賊相手の泥棒稼業は、単独行動であるがために出来るだけ質のいいお宝を狙う必要が生じ、そんな結果、彼女の鑑定眼は否応無く磨き上げられ、関連する様々な知識や情報を自然と耳目が拾い集めるため知識・造詣も深くなり、単独行動が長かったせいで、機転に直結した鋭い判断力もピカ一。泥棒として超一流とまで成長していた彼女であり、それらが…お金を集める必要がなくなった今なお、見事で価値のある"お宝"へついつい食指が動いてしまうという後遺症を残したのだ。それはともかく、
「どしました? ナミさん。」
 クラッシュアイスに金色のサワードリンクを注いだ、いかにも初夏向けの飲みものを運んで来たサンジがかけた声へにぃっこりと微笑い、
「うん。昨日の海賊から"譲ってもらった"お宝の中に"炎水晶"があったの。」
 ……………。この点へも一応のご説明をするならば、彼らは一応"ピース・メイン"という種の海賊である。誰彼構わず襲い掛かり、略奪や暴力行為を目的とする悪行を働く、海上のギャングは"モーガニア"といい、そんな連中をのみ、倒す相手として限定して"素人さん"には手を出さない、仁義厚い海賊のことを"ピース・メイン"と言う。ほんの数名、しかもほぼ全員が十代という小童子
こわっぱ共で構成されるこの海賊団は、この頭数になったのもつい最近という浅い歴史しか持たないにも関わらず、既にその戦歴から、船長には1億、戦闘隊長へは6000万ベリーという途轍もない賞金が懸けられており、黙っていたってその旗印に向かってくる"モーガニア"系の海賊たちは数知れず。それを片っ端から蹴たぐり薙ぎ倒し、そして…ちゃっかり"ファイトマネー"を請求する彼らなので、お宝には結構質の良いものがたんと集まってもいる次第。(今、気がついたんだが、これって某ドクトリーヌと同じことをしているような気が…/笑)昨日もそういった馬鹿者が殴り込んで来たのをちょちょいとあしらって、彼らが持ち合わせていたお宝を"おすそ分け"してもらった訳だが、
「"炎水晶"?」
 昼食後のキッチンのテーブルに宝石類を広げて一つ一つ鑑定していた彼女は、綺麗にカッティングの施された赤い宝石を、その白い人差し指と親指とで摘まみ上げている。5センチ四方ほどの、結構大きな半透明の石で、オーバルカットと呼ばれる、長細い六角形の中心部を台形の縁が何段かで取り囲んだデザインで綺麗に細工されてある。
「でけぇ石だな、そりゃ。」
 窓辺のベンチで、チョッパーを手伝って、洗って乾かした包帯をぐるぐると巻き上げていたルフィが、関心を示したらしく…というよりは、お手伝いに飽きて来たのかも知れなかったが、テーブルの方へと寄って来た。
「でしょ? ただの水晶なら大きくたって大して価値はないんだけれど、これは"炎水晶"だから、同じ大きさのエメラルドやルビー並みのお宝だわ。」
 水晶というのは…種類も多数あるが、おおむね宝石としての価値はあまり高くはない。さして珍しいものではなく、硬度も低くてガラス並みに壊れやすいからで、純度の高いものだとその共振作用を生かして時計の電池や工業用に使われていたり、あとは印材や細工ものという"工芸品"として丸く磨かれたり彫刻されたり。そんな風に、様々に"加工"されていることからもお察しいただけるかと。
「なんで"炎水晶"ってやつだと高いんだ?」
 今一つ分かっていないルフィが重ね聞くのへ、
「ほら、中を覗いてご覧なさい?」
 そうと言葉添えをしたのは、ナミのお宝の値踏みを傍で手伝っていたニコ=ロビン女史。一番新しいお仲間で、ちょろっと年上のお姉様な分、知識や見識とやらも此処にいる皆より"ちょろっと"上で。何の衒
てらいもなく顔を突き出して来たルフィの目の前へと、その石の上下を指先に摘まむように挟んでかざしてやる。
「…あれれ? なんかユラユラしてっぞ。まるで火が燃えてるみてぇだ。」
「でしょ? 本来なら、不純物が入り込んでいると余計に脆くなるから値も下がるのだけれど、この"クリムゾン・フレイヤ"だけは例外なの。脆い筈の水晶結晶の結合を強化してくれるらしくてね。あと、赤い色の部分の配分の仕方によっては屈折率が高まって、そんな風に見えるのよ。その炎が大きくて沢山動くほど価値も高いわ。」
 素直に不思議がる船長へ分かりやすく詳細を説明した彼女の傍ら、
「こんな凄いのが手に入るなんてツイてるわぁ〜〜〜vv」
 思わぬお宝をゲット出来たと、両の胸元へ拳を引きつけるようにして喜んでいるナミだったが、他の面子の関心度はさほど高くはない。
「へぇ〜〜、凄いんだ。」
 チョッパーあたりは素直に感嘆の声を上げているが、金銀宝石の価値というものにはそもそも馴染みが薄い彼だから、どこまで"凄い"と判っているやら。
「良かったですね、ナミさん。」
 サンジは、宝石自体よりもそれを得たナミの喜びの方が、我がことのように嬉しいらしいし、
「どうせ売りには出さねぇんだろ?」
 現金化してさて何か備品でも買いましょうかとなれば別だが、宝石のままではやはり関心が向かないウソップに、
「くっだらねぇ。」
 いつものように隅っこの壁に凭れて座り込んでいたゾロに至っては、実に端的なこの一言のみ。覗き込んでいたルフィにしても大差は無くて、見たそのままへ"綺麗だなぁ"と感心はしても、具体的な金銭的価値というものにはさして興味が沸かないのが常であるのだが、


   「………。」


「…ルフィ?」
 あら珍しいと、ナミが小首を傾げた。宝石類より同じ大きさのチョコレートやはちみつ飴の方を絶対に選ぶような彼が、今日ばかりは…目の前にかざされた水晶に声もなく見入ったままだ。
「どしたの? そんなに欲しいのならあげても良いわよ?」
 但し、そうねぇ相場の3倍で…などといつもの調子で続けようとしたその時だ。
「…ルフィっ!」
 目の前の水晶に見とれていた態勢のまま、前のめりにガタッと倒れ込んだため、いくらナミでもこれにはギョッとし、剣豪殿は…一番遠い壁際に凭れていたものが、あっと言う間に立ち上がって傍らまですっ飛んで来ている素早さよ。
(笑)それはともかく、テーブルの天板へ顔から突っ伏すように倒れ込んだ彼であり、
「どした?」
 これもやはりすぐ傍にいたサンジが肩を揺すると、
「………。」
 テーブルに手をついてゆ〜っくり起き上がり、無言のまま、むっくりと顔を上げて見せる。どうやら何事でもなかったらしいと判断してか、
「…ビックリさせないでよね。ゆらゆらを見つめ過ぎて癲癇
てんかんでも起こしたのかと思ったわ。」
 ナミが、無事なればこその叱責混じりな声をかけた。冗談抜きにこういう症例がある。木洩れ日や水面に遊ぶちらちらと瞬く陽射しという視覚的刺激により、目眩いや吐き気、引きつけを起こすというもので、かつて、あのTVアニメ『ポケット・モンスター』の画面を見ていたお子たちがばたばたと倒れた事件もこれが原因。だが、
「…え?」
 顔を上げたルフィの様子が…なんだか妙だ。
「ルフィ?」
 キョトンとしていて…正面に居るナミの顔をまじまじと見つめてくる。
「な、なによ。」
 何か腹を立てさせるようなこと言った?とばかり、いつも強気の彼女がたじろぐほどの真摯さの籠もった眼差しであり、
「ルフィ? どした?」
 肩を揺すったサンジとは反対側、ゾロが声を掛けながらやはり肩を掴むと、
「え………。」
 ゆ〜っくりとそちらを向いた彼は、
「………。」
 しばしの間、自分を案じてくれている大好きな剣豪との"睨めっこ"状態に入って…………数瞬後。

   《いやぁ〜〜〜〜〜っ!》

 それはそれは大きな声で叫んで、身を捩よじりながら平手でぱしっとゾロの手を振り払い、だだだっとばかり勢い良く後ずさりして、丁度背後にあったドアへと背中を打ち付けて止まった。これら全て、あっと言う間の出来事だったが、

  「「「「………はい?」」」」

 それはまるで、見ず知らずの無頼の輩に気安く肩を掴まれて恐れおののく少女のような。…と、異様に描写のしやすい、実に分かりやすいリアクションだったのだが、
「…あれ?」
「えっと?」
「何なのよ。」
「……………。」
 恐怖におののきながらも、怖い対象…であるらしい剣士殿から視線が外せず、扉にべったりと背中で張り付き、そのままずるずると床まで崩れ落ちた我らが船長であり、自分の肩を自分の両の腕で抱き締めつつ震えている様子もなかなか可憐で、
「……………。」
 だが、実際問題として。彼がこんなリアクションを取る筈はないのだがと、全員が揃って"腑に落ちない"と言いたげな顔になる。此処に居る誰もが知っていること。それはそれは仲が良くって、同性同士でありながらも…はっきり言って所謂"恋人同士"である船長と剣豪であり、見るに堪えないほどベタベタと人前でいちゃつく彼らでないのを良いことに、時々サンジやナミから(おおむね剣豪ばかりが)からかわれている、なかなか可愛いらしい"純愛"を育んでいる二人だのに。
「…ルフィ?」
 あの怯えようは、一体、何がどうして…と、皆して理解が追いつかないでいる。ウソップやチョッパー辺りは動きが凍りついたままだ。そんな中、
「…あんた、昨夜ルフィに何か酷い仕打ちでも仕掛けたの?」
 こちらも固まりかかっていたゾロへ、そんな一言をぼそっと訊いたナミだったものだから、
「何でお前にそんなこと言われにゃならんのだ、ああ"?」
 おお、途端に剣豪の眉間のしわが凄まじく深くなったぞ。
(笑) かように、周囲だけが沸いていても始まらないこと、この場合は奇妙な反応を見せたルフィ本人へ聞くのが早いと…判ってはいるのだが。こんな手の込んだ?冗談がこなせる人物ではないのだから思い切り不審で、その身構え方があまりにも尋常でないがため、ついつい気後れして誰も声がかけられないでいるというところか。………と、

  《あ、あなた方は一体何者ですか?》

 思いもかけず、と言うか、向こうでもこのままでは状況が進展しないと気がついたのか、そんな風に訊いて来たから、
"………。"
 何人か…ナミやゾロ辺りは、この一言で何にかに気づいた模様。
「な、何者って。お前の仲間の…。」
 一体何を言い出すやらと言い返しかけたサンジをふと手振りで制したのは、そんな何人かの内の一人、ロビン嬢だ。
「…え?」
 何の説明もないまま、座り込んだルフィの傍らへと歩み寄る。すぐ間際まで寄ってそっと屈み込む彼女へ、ルフィの側でもどこかすがりつくような視線を向けて来る様子。それへと、
「あのね、もしかしてショックかもしれないけど聞いてくれる?」
 やさしい笑顔を向けつつ言うものだから、
《…はい。》
 震えながらこくりと頷いたルフィへ、
「私たちは海賊なの。広い海の上を旅している途中のね。そしてあなたはその頭目。…分かる?」
《………はい?》
「モンキィ=D=ルフィっていう、世界政府から賞金を掛けられた"お尋ね者"なの。ちなみに、男の子よ?」
《………。》
 ロビンの肩の向こう、こちらをそれぞれに不審そうに見つめる人々をそぉっと見やり、それから…その腕で抱き締めた格好の自分の体を見下ろして。
《………………。》
 麦ワラ帽子を載せたその首が、力なくがくりと胸元へと落ちた。それを見やって、
「あ、気絶したみた…」
 言いかけたナミの声を遮って、
「な、なんだなんだ?」
 がばっと顔を上げた今度は、いきなりいつもの声に戻っていて。辺りをキョロキョロと見回すルフィだったりするから、
「忙しい奴だよなぁ。」
 何が何やら、訳が分からないのはこの場にいる他の面子にこそ言えること。苦笑混じりのウソップの声を耳に、キョトンとしながら立ち上がり、
「あれぇ? 俺、何でこんなとこに居るんだ?」
 そんなことまで言い出すものだから、流しの前へと戻っていたサンジが、呆れて肩をすくめた。
「何でって。自分でそこまで後ずさりしたんだろが。」
「自分で?」
 小首を傾げたまま、すぐ間近にいたロビンの顔を見やれば、こちらはこちらでにっこり微笑って見せるばかり。要領を得ないまま、再び元の位置、テーブル脇の樽椅子へと戻ったルフィであったが、
「…ゾロ?」
 最初に目が行った剣豪が、何だか…得体の知れないものでも見るかのような顔をしていることに気づいて、ひょこんと小首を傾げたままで相手の顔を覗き込んで見せる。
「どした?」
 まるきりいつも通りな、欠片ほども屈託のない童顔が真っ直ぐに見やって来るから。
「…いや。お前さ、さっき…。」
 先程の一連のアレは何かの気の迷いだろうかと、依然として"どぎまぎ"の余燼が去らぬまま、何事か言いかける彼の口許目がけて、
「………っ。」
 傍らにいたナミが突然、横殴りに"ぱ〜んっ"と手のひらを叩きつけた。あまりにも唐突に繰り出されたその一撃は、さしもの剣豪にであれ避ける隙を与えずにクリーンヒットし、
「…でっ☆ 何しやがんだ、このアマっ!」
 のけ反りながらの抗議の声にもそちらを向かぬまま、彼女がルフィの目の前へとかざしたのは…先程の炎水晶である。
「ほら、ルフィ。これを覗いてご覧なさい?」
「んん?」
 再び炎水晶の中を覗かせる。その様子を見て、
「ちょっ…、それって不味くないか?」
「そだぞ。せっかく元に戻ったのに、またさっきみたいになったら…。」
 ウソップとチョッパーがナミの行動に疑問符を投げかけたが、
「いいのよ、黙ってて。」
 彼女は動じず、きっぱりとした声で彼らを逆に制した。ゾロを突然引っぱたいたのも、ややこしい状況を彼に聞かせないままにした上で、尚且つ、この行動への邪魔をされたくなかったがために、機先を制したくてそうしたナミであったらしく、
「なんでまた。」
 こちらも…どこか訝
おかしいルフィだなとは気づいていたゾロが、制めるでなく声をかけるのへ、
「だって、妙なタイミングでまた飛び出されちゃあそれこそ困るでしょう? 間違いなく、あれは別の人格よ。気の迷いだとかに誤間化して、見なかったことに出来る代物じゃないわ。ちゃんと直視して解決しなきゃ。」
 どうやらやはり、先程の"彼女"を再び呼び出すことにしたナミであるらしい。日頃、モノによっては"自分には関係ないから"と言い張って"見なかった振り"を一番にしたがる節のあるナミだが、今回のは選りに選って船長への一大事。素のままでも騒動や混乱を招くのが得意技な彼のこと、このまま放っておいたらどんな大事に発展するか判ったものではないからと、ここはどっちがお徳かを素早く比べた彼女だったのだろう。
「………。」
 当のルフィはといえば、性懲りもなく…水晶の中に揺らめく炎を再び見つめ、魅入られたような顔になっていたかと思いきや、
「…っ。」
 再び前のめりに倒れかかったところを、
「おっと。」「危ねぇ。」
 両サイドから、剣豪殿とシェフ殿と、同じタイミングで腕を差し渡して受け止める。ご両人ともこんな小さな人物くらい片腕で軽々と扱えるお方々。二人掛かりになる意味はまるでなく、
『余計な手ェ出すんじゃねぇよ』
と言わんばかり、お互いにちろんと相手を睨む始末。そんなクッションに抱きとめられた当の本人はというと、
《………あの。》
 もう既に身を起こしていて、頭上で睨み合っている恐持てのする男性二人に"ビクビク・おどおど"と、小さな肩を抱いて怯えている。この様子と、どこかか細い声からして、
「出て来た、みたいだな。」
「そだな。」
 こちらは…少し離れた窓辺のベンチという最初の位置から、ウソップと、その背中に手をついて顔半分を隠しつつ、身体の大部分の方を外へとはみ出させるという、相変わらずの逆かくれんぼ状態のチョッパーが、彼岸からの見物を徹底させている様子。そんな彼らを肩越しに見やって、
「あんたたち…。」
 ちょこっと頭痛がして来たナミだったが。そんなリアクションが出来るのも、余裕というのか落ち着きというのか、少なくはない覚悟が彼女の気構えの内でしっかと決まったからだろう。ふんっと息をつくと、おもむろに顔を上げ、
「度々呼び出してごめんなさい。」
 ナミはルフィ…の中にいるらしき"誰か"へと話しかけることにした。自分の正面に座っているのは、やっぱりどう見てもお馴染みの、愛嬌あふれたいつもの童顔の細っこい少年に変わりはないのだが、
「えと。あなた、一体"誰"なのかしら? 差し支えがなければ教えてくれない?」
 考えたくはないが、もしかして。これは本来、専門の"霊媒士"とやらを介さねば、後々に祟りの残る、極めて危険な話しかけだったのかも知れない。だが、この時はそんなことにまで到底考えは回らなかった彼女であり、まあ…もしも気がついたとしても、冗談抜きに大海のど真ん中にいた彼らだったから、他に手の打ちようはなかったのだが。…そして、
《………。》
 話しかけられたルフィは、といえば、相変わらず自分の左右に立ったままな"双璧"たちにびくびくと怯えながらも、テーブルの端にちょこなんと両手を重ねて置き、

《私はギエーノフ王朝十八代国王、パエンナ7世の長女ドミニクです。》
「…は?」
《私はギエーノフ王朝十八代国王、パエンナ7世の長女ドミニクです。》
「いや、ですから…。」
《私はギエーノフ王朝十八代国王、パエンナ7世の長女ドミニクと申します。もう一度言いますか?》
 そんな自己紹介をやってのけてくれたのだ。

「…これはやっぱり、ルフィがふざけてる訳じゃなさそうよ。」
 ナミがぼそりと呟いたのをゾロが聞きとがめ、
「何でだよ。」
 決めつけるのは早すぎないかと言いたげな、どこか尖った声を掛けたが、
「あんな長い肩書きを、しかも間違えないで何度も言える? それに何王朝の何代の何世のっていうのの、ちゃんと順序の辻褄が合ってるでしょ? そんなこと、知ってる奴じゃないわよ。」
「う…っ。」
 確かに筋は…理屈は通っている。ルフィの物覚えの悪さはピカ一で、特に人の名前や地名などの固有名詞はなかなか覚えない。…が、仲間の名前は割と一発で覚えているし、敵の大ボスの名も覚えるのが早いところを見ると、強い奴の名前なら好奇心が働いて積極的に覚える彼であるらしい。(ところでこれは余談だが、ドラム島で、ラパーンの名はとうとう覚えなかったのにスノーバードは一発で覚えていたのも不思議。スノーバードの方は、サンジがその名を呟いたくらいだから他の土地にも居るメジャーな生き物だとしても、あのカルーのことさえずっと"トリ"と呼んでた人が…なんでだろうか? それを庇ってやってたチョッパーに感動したばかりだったからか?)長い余談はともかくも。
「えと、ドミニク王女。あなた、一体どうやって、ううん、なんでその子に取り憑いたの?」
 ゾロに厳然と言い切ったナミとしても、実のところは…まだどこかで心の整理がついていなかったらしく、そんなような訊き方になってしまったのだが、
《何故、急に目覚めた私なのか、どうして外へと飛び出したのか。その二つは私にも判りません。ただ…この方はきっと、とても素直で、心に衝立
ついたての少ない方なのだと思います。》
 そう言って自分の胸元へそっと手のひらを伏せて見せる"彼女"なものだから、
「う…ん。それはそうかも。」
 ついつい周囲の全員が頷いて見せている。
「確かに、嘘はつけないし誤魔化すのも下手だし、馬鹿がつくほど正直だし。」
 男前な心意気こそ、胸の奥深くにぐっと黙って抱えている節もあるものの、それ以外では呆れるくらいに明け透けで、
「だから、あなたがすんなりと取り憑くことが出来たのね?」
 確認を取るように重ね聞くナミへ、ルフィの顔を…どこかまだおどおどさせつつも、こくりと頷かせる"彼女"である。
「じゃあ、次の質問。肩書きはさっき言ってくれたから判ったけれど、そんな身分のある人が、一体どうしてこんな水晶の中に居たの?」
 ナミの問いかけに、
「…え? そうなのか?」
 今頃キョトンとして見せるのはチョッパーで、
「ば、ばばば、馬鹿だな、チョッパー。この流れからして、そんくらい判りそなもんだろがよ。」
 大威張りで応じてはいるが、その呂律が回っていないところを見ると、ウソップもまた、今の今まで"そういうこと"だとは気づいていなかった模様。それへの突っ込みを入れる者もないままに、
《………。》
 やや俯いた"彼女"からの答えを待つ面々であり、そんな注視と沈黙とに耐え兼ねてか、そぉっと顔を上げた"彼女"は緊張気味な吐息を一つつくと、
《我が国の王家に代々伝わる秘法により、絶対に解けない封印を為すため、です。》
 そんな風に告白したのだった。
「…封印?」
 何だか大それた話になって来たようだったが、もう既に…ルフィではあり得ない語りようをする"誰か"の存在を認めてしまった彼らには、今更それを信じないというような"認識上の後戻り"も出来なくて。それはそれは真摯な表情になったルフィの中の"彼女"は、どこか…ほんのつい最近まで一緒だった誇り高き皇女を思い出させるような、打って変わった毅然とした眼差しになると頷いて、

《どうしても悪辣な海賊の手にゆだねてはならない"秘宝"の封印を為した炎水晶。それが私です。》

 そうときっぱり言い切ったのである。
"………これってアルバトロスじゃなかったわよね。"
 おいおい、ナミさん。展開に負けそうだからって、いきなり話を逸らすんじゃない。


NEXT→***


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