炎水晶の迷宮 終章  “蜜月まで何マイル?”


          終章


「人って愚かよね。」
「はい?」
「…うん。なんかね。柄でもないけど、突き詰めるとそこに辿り着いちゃうのよ。
 どうするのが最善の方法だったのかとか、誰が一番悪いのかとか、誰が一番悲しかったのかとか、そういうことを考えたら。」
 一番悪いのは、文句なく、数百年前にこの国を滅ぼした海賊船団なのであろうが、それに際して父王の取った策は、果たして最善だったのか。多くの人々を苦しめる糧になってしまう秘宝を守る義務は、確かに国を治める王族に課せられたものであろうが、そのために、あたら若い姫の生命をこんな形で犠牲にしても良いものか。
「争えば必ず誰かが傷ついて悲しむ。それが判ってない大馬鹿者たちが絶えない辺り、ホント、人って愚かな生き物だなって思っちゃったの。」
 皇女と別れ、言葉少ななまま港へ、そして船へと戻った御一行。どこか厳粛とも釈
れるよな淑しめやかな空気の中、ゴーイングメリー号はそぉっと出港し、昼下がりの穏やかな大海をすべるようななめらかさで航行中。海もまた彼らの心情を察しているのか、宥めるようにと優しく優しく接してくれているようで。後甲板のパラソルの下、しんみりとお茶を味わっている女性陣 プラス ギャルソンの三人といい、主甲板で気を紛らわそうとしてか工房ユニットを広げてはいるものの、何も手につかないらしいウソップや、その傍らでマストに凭れて"ぼへーっ"と海を眺めているチョッパーといい、全員がどこかテンションの上がらぬまま、物思いに耽っている。


          ◇


「とんだ邪魔が入っちゃったわね。」
 諸悪の根源であったらしき魔物とその傀儡を追い払い、全身埃まみれになった面々が再び祭壇の前へと集まった。
「けどよ、実際のところ、どうなんだろな。」
 しきりと首をひねっているのはウソップで、
「何が?」
「だから。さっきの奴が言ってたろ? 魔神バーミリオンとかいうの。それってこの洞窟のどこかに封印されてるんじゃねぇのか?」
 ドミニク皇女が"封印"というお役目を任されたその対象。
「さっきの奴、封印だった皇女の水晶を取り除
けたのは自分だって言ってたじゃないか。」
 ま、結果として、ただ退
けりゃあ良いってもんじゃなかったらしくて、あわてて行方を追っかける羽目になっとったんだが。
「ってことは、本来なら、まだドミニクが押さえてなきゃいけなかった"魔神"が、此処のどっかにいるってことなんじゃあ…。」

  《いいえ、もう大丈夫です。》

 不意に響いた声に、全員がぎょっとする。
「な、なに?」
「まだ生きてやがったのか? さっきの魔物。」
 人の放ったものとは思えぬ、微妙な響きをはらんだ不思議な声。思わず剣豪が刀の濃口を切り、シェフ殿が辺りを睥睨するが、

《炎水晶がここより持ち出せたのは、先程の魔物の企みの働いたせいではありません。それだけ…封印すべきものからの抵抗が薄まっていたから可能だったこと。もう既に、魔神の力はドミニクの封じと長い歳月とによって、すっかり風化されておりました。》

「…っ。」
 皇女の名を呼び捨てにする存在。どこか親しみと慈愛の籠もった響きのこの声は?

「ちょ…ちょっと、見て。」
 ナミが指さしたのは祭壇の間近に立っていた皇女inルフィである。今の今はどちらが表面に出ているやら、それを確かめる間もあらばこそ、どこから降りそそいでくるのやら、金の深みある光沢をはらんだ光に包まれていた彼であり、
「…あ。」
 パタリと倒れたものだから、後方で見守っていた一団は何事かとギクリとしたものの、
「…あれぇ? どしたんだ? 俺。」
 そんな声を洩らしながらムクリと上体を起こしたところを見ると、またまた本来の持ち主である、ルフィ船長本人に戻っている様子。そして、そんな彼の視線がするすると、床から上へと上がってゆくのとほぼ同時、まるで辺りの光が極彩色の糸となり、そこへと結集してその姿を織り出してゆくかのように、足元から順番に嫋
たおやかで可憐な少女の姿が"すすす…"と浮かび上がって来たから、
「うわ…。」
「…凄い。」
「きれぇーだー。」
 ルフィ同様、皆もまた、その奇跡に口を開いて見惚れてしまう。ルフィよりもずっと小柄な、ほっそりとした肩を豊かな亜麻色の髪に包まれた愛らしい少女。ここいらの色彩華やかな民族衣装を身にまとい、金銀きらめく首飾りや胸飾りを幾重にも下げている。細い手首に巻かれたブレスレットや、ティアラに似た黄金のカチューシャにも細やかな透かし彫りの細工がほどこされていて、宝玉の帯には金の鈴が揺れている。
「…綺麗だなぁ。」
 ルフィはその場に座り込んだまま、宙から滲み出して来た少女を見上げ、


  「お前がドミニクなんだな?」


 柔らかな声で問いかけた。少女はこくりと頷き、
《はい。》
 涼やかな甘い声でそうと答える。白い頬の小顔は端正な象牙細工のようで、ビードロを思わせる碧がかったアクアブルーの瞳が滲み出して来そうな目許、しっとりと柔らかそうなビロウドの質感を見た目にも伝える、可憐な緋色の口許。例えるもののないような、それはそれは美しい少女である。
《あなたには大変ご迷惑をおかけしました。その御身をお借りしましただけでなく、真の宿敵であった魔の者まで倒していただいて。》
「いや、そっちを倒したのは向こうにいるロビンだけどな。」
 苦手な筈の幽体が相手なのだが、今回はサスガに怖くはないらしい。屈託のない声でそう言って笑うルフィへ、皇女もふわりと微笑って見せる。そんな彼女の表情が、ふと、何かに気づいて怪訝そうな色合いとなり、


  《………あ。》


 彼女の視線のその先へ、宙から滲み出して来たかのように現れたのは、古い装束をまとった幾人かの人々。どこかうらぶれ、疲れたような、だが、やさしい笑顔の人々で、
《…父様、母様、アルタイ。》
 皇女の唇からこぼれた呼びかけから察するに、どうやらドミニク姫のご両親と側近だったお友達であるらしい。彼らは皇女を取り巻くように傍らへと寄り、目許を潤ませている母上は皇女の髪を優しく撫でてやり、皇女と同じくらいの年頃の少女は小さな手を取り合って再会を喜んでいる様子。
《永の務め、ご苦労だったの。》
 威厳と風格と、そして愛する者へ惜しみなくそそがれる慈愛と。父王はそれは暖かな言葉を娘へとかけてやり、それから…同座していた麦ワラ海賊団へ、深々と頭を下げて見せた。


  《この子を助けて下さり、誠にありがとうございます。》



          ◇



 思い出すとまた悲しくなるから、皇女とのお別れを振り返るのはもう辞めたと、テーブルの上、並べられたティーカップに伸ばされたナミの白い手がふと止まり、
「そういえば………サンジくん。」
「はい?」
 長めの金のを髪を目許に揺らして、小首を傾げるシェフ殿へ、ナミは"にぃーっこり"と笑って見せた。
「なかなかご執心だったみたいね。お姫様に。」
「あ。そうでしたか?」
 いやぁ、なんたって"フェミニスト"ですから。あ、ナミさん、もしかして妬いてます? おどけ半分ににっかりと笑いながら、そんなこんなをつらつらと並べる彼に、
「皇女様だったからって感じじゃなかったし。」

   「はい?」

 ナミは悪戯っぽく笑っているし、ロビンもまた何も言わないがやはり…どこか意味深に微笑っている。
「ゾロは"ルフィじゃないから"近づこうとしなかった。でも、あなたは違うんじゃないの? ただ"女の子だったから"ってだけじゃあない。器だけでも"ルフィだから"ついつい構った。」
「………。」
 先程のように即妙に切り返したり躱せない辺り、その通りだということか。
「複雑なのね。」
「自分でもややこしい奴だと思います。」
 ほほぉ…。


        ****


 一方では、
「今回は、俺、あんまり出番がなかったぞ。」
 ………今回って、あーた。そんないきなり、誰もいない"場外"に向かって喋るんじゃありませんてば。
(笑)
「ルフィ、そんくらいにしとけ。」
「だってよぉ。」
「そんなでも筆者だ。あんまり困らすと、次の作品で何されるか判ったもんじゃねぇ。」
 ………うう"。それって全然フォローになってないんですけれど。
(泣) こちらさんは、自分たちの指定席、陽射し目映い上甲板でさっそくにも羽を伸ばしているお二人さんで。いつもならただ同じ空間にいるという連携で十分だとばかり、船長殿は舳先の羊頭の上、剣豪殿は少し離れた柵や船端に凭れて…という、それぞれのポジションにバラバラにいる彼らなのだが、さすがに数日間の"別離"が寂しかったルフィなのか、胡座をかいた剣豪殿の膝に横座りする格好で懐ろへと潜り込み、常ならまずは照れてやらない筈の昼間っからのべたべたモードを満喫している様子。間近になったその胸板へと頬擦りすれば、シャツ越しに伝わってくる引き締まった肉置きの、隆起の感触も暖かさも何だか久々で、
「やっぱ、気持ちいいなぁ。」
 どこか切なくも掠れたお声で、あんまりしみじみと言うものだから、
"…俺は温泉か。"
 またまた、そんなウケもしない悪ジャレなんかで誤魔化してvv 照れ隠しですか? 剣豪殿。
(うぷぷ☆)
"………。"
 筆者からの冷やかしには耳も貸さず
(いやん)、どこか大人しいルフィを、こちらも言葉少なに見下ろしているゾロだ。ずっと封じ込められていたのも同様な彼だというのに、窮屈だったものをほぐすようにわきわきと体を伸ばすでなく、船に戻ってからも"疲れた疲れた"と、どこか気怠そうな風情でいるばかり。
"…もしかして。"
 かつての海賊狩りとしての一人旅の折にどこかで聞いたことがある。霊的な体験というのはやはり只事ではなく、本来この世にあるべきではない存在に関わることだからか、例えば目撃しただけでも熱を出したりする。憑衣なんぞされたりした日には、凄まじいまでの気力を削られるのだそうで、そんな後遺症がどっと出て、何となく気怠い彼なのかもしれない。そんなこんなと気を回し、話しかける言葉も思い浮かばず、ただ黙って背中なぞ撫でてやりながら、膝の上の仔猫をあやしていると、
「けど、これで良かったのかな。」
 ぽつりと呟くルフィだったりするから。
「ん?」
 目顔で問うと、
「なんか、すっきりしなくてさ。」
 結局、自分たちは何をしてやれたのか。彼女との出会いは、最初にあの水晶に関わった時点で、もうどうすることも出来なかった"巡り合わせ"というものなのだろうが、
「起こさないでいてやった方が良かったのかなとかさ。そんな風にも思うんだ。」
 この少年には珍しく、後悔するようなことを言う。
「あんな傍にいたんだから、もうちっと優しくしてやれれば良かったなとかさ。」
 そういえば…体を共有していた訳だから、もしかしたならあの皇女の記憶やら心やらに、自分たちとは違う形で触れていたルフィなのかも知れない。それに…まだ別離からは日も浅い、あの砂漠の国の皇女のことを思い出した彼なのかも。
「………。」
 水気の多い、手触りのいい黒髪を武骨な手でわしわしと掻き回してやり、
「幸せそうだったぞ?」
 ゾロはぼそりと囁いた。
「ん?」
「だからさ、あの姫さん。家族にやっと会えたって、そりゃあ幸せそうな顔してた。」
 だからどうとまでは言わないゾロだが、
「…そか。」
 ルフィは短くそうと答えて、大好きな懐ろの中、仔猫のようにうずくまる。丸めた背中を温かくて大きな手のひらで撫でてもらいながら、自分はちょっとしか接することの適わなかった皇女のことを、少しだけの間でもいいから、居たんだってことだけでも良いから、ちゃんと覚えていようと胸に刻んだのであった。


  〜Fine〜



  ◇◆ おまけ ◆◇

「…なあ、ルフィ。」
「んん?」
「お前、奥に引っ込んでた間、外のやり取りとか聞こえてたのか?」
「ん〜ん、あん時だけだ。あの姫さん、今にも気絶しそうなほどだったからな。」
「…そか。」
「何だよ。何か、やましーことでもあんのか? まさか、ゾロ、あの姫さんに"浮気"しかけたのか?」
「何を言い出すかな、お前はよ。」
「だってさ、聞かれてちゃ不味いことがあったんだろ?」
「そうじゃなくてだな。…ほら、何て顔してる。」
「どうせ俺は不細工だよ。ぷん。」
「ル〜フィ〜。いいから聞けって。初めのうち、ちょいと突っ慳貪ってのか、姫さんにあんまり構わなかったもんだからな。それがお前にも伝わってたら…さ。」
「なんだ、そんなことか。心配症だなー、ゾロは。それって俺が"浮気すんな"って言ったからだろ? 怒る筈ないじゃん。」
「そか。」
「そだよvv ゾロってやさしーのなvv」
「誰にでもって訳じゃねぇよ。」
「…えへへvv」


  ………やってなさい。



  〜今度こそ、Fine〜  02.3.31.〜4.19.


  *いやはや、書き始めてから気がついたんですが、
   このお話、文章よりもマンガで書くべきネタでしたね。
   皇女に憑衣されているルフィという描写が足り無さ過ぎて、
   彼は全然出ていなかったという妙な案配になってしまいました。
   (いえ、実際、ほとんど出演してなかったのは事実なんですがね。)
   蜜月にした意味があんまりにも薄い。
   はっきり言って“蜜月なのに〜”ものでして、
   これを専門用語で『不発』といいます。
おいおい
   せめて、連載という形にせず、一気にUPするべきだったのかも?
   べったんべったんのラブラブを期待してらした方がいらしたら、
   どうもすみませんです。(泣)


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