炎水晶の迷宮 C-b  “蜜月まで何マイル?”


 翌日の朝も早くから町へと出掛けたのは、ドミニク姫 in ルフィ
おいおい とゾロにチョッパーという3人連れ。昨日この町に着いたのは昼を回っていたので地元の方々の声しか拾えなかったが、朝市にとやって来た遠来の商人たちからの情報もほしいからと、大通りに広がる市場バザール の雑踏を、簡単な買い物なぞしながら店主らに何事か話しかけるという格好で丹念に歩いて回っている。そして…そんな彼らをそれとなく見やる視線が幾対か。
《あのあの。賞金が目当ての方々だったなら、私、足手まといではありませんか?》
 トレードマークの麦ワラ帽子もかぶったままだし、顔だって隠してはいない。自分の身だって満足に守れない、今の"ルフィ"がその看板を晒して歩くのはとても危険なのではなかろうか。随分と歩いたのでちょこっと休憩とばかり、街路から少し外れた木陰に据えられてあったベンチへと誘
いざなわれ、腰を下ろすよう勧められた"ドミニク皇女"は、そのようにエスコートしてくれた、標準型トナカイの姿になっているチョッパーにこそこそっと囁く。見るからに頼もしい剣豪殿が、水を汲んで来ると言い置いて傍から離れてしまったものだから、尚のこと心細くなったのだろう。
「大丈夫。ナミが言ってたろ? 俺たちに任せてれば良いって。」
 この姿のままであまり大っぴらに話すと周囲からの奇異の目を集めかねないため、座った"彼女"の膝近くへ身を寄せての会話で、
「それとも、囮になってるみたいで怖い?」
 ひょこっと小首を傾げて見せるトナカイドクターに、ルフィの姿の"皇女"は慌ててぶんぶん…と首を横に振った。
《私のために皆さん色々と頑張って下さっているのですもの。怖くなんかありません。》
「わ、判ったから。あんまり、そんな首振ると目が回るぞ?」
 クラクラッとよろめきかかったのを見て、慌てて声をかけて心配するチョッパーだ。
(笑)実を言うと、彼女にはあまり詳しく説明していない。ギエーノフ王朝の何かを探る盗掘団か、はたまたルフィやゾロの首に懸けられた大枚目当ての賞金稼ぎか。自分たちの動きを嗅ぎつけて、寄って来つつある気配を見せたあの連中が何物であるのかはまだ判明しておらず、
"………。"
 今も…さっそくのようにこちらを伺う気配があちこちに幾つか点在するのが、気配には敏感なチョッパーには手に取るように判る。
"屋台の陰に2人。…向こうの壷売りも、ホントの商売人じゃないな。"
 お留守番を任されたもののどこか心細い幼子…という様子で、肩を縮めて仄かに怯えて見せる"皇女"の膝にふかふかの毛並みを押しつけてやり、大丈夫だからなと小さく笑って見せれば、
「………☆」
 きゅうっと胸元へその長い首を抱かれてしまって、あやや…と困惑するチョッパーだったりするのだった。


「あれがギエーノフの秘宝を調べてる連中か?」
「みたいです。もっと仲間が居たようですがね。まだ宿で休んでやがるのか、あの坊主と鹿と、あとごつい男が一人、朝からバザールをうろついてますんで。」
 こそこそと言葉を交わす、怪しげな男たちが数人。市場の人込みの中に身を隠すようにしつつ尾行していたが、木陰で佇む麦ワラ帽子の小ぎれいな少年と鹿…じゃなくてトナカイなんですが…を見やるべく、自分たちも少し街路から外れた路地にサササッと滑り込んで監視を続けている。
「宿の方はハシムたちが見張ってやす。」
「そうか。それにしても、カブーやゴンバはどうした。見かけねぇぞ?」
 仲間内の姿が見えないことへ、苛立ったような言いようをするガラガラ声の男が、恐らくは彼らの首領であるらしい。まあまあすぐにも来ますってと、宥めるようにいなした部下が、
「それでですね、カブーが気づいたんですが、あれってもしかして賞金首の海賊じゃないかってんですよ。」
「賞金首だと?」
「へえ。最近めきめきと売り出して来やがった…えと、名前までは…。」
 結構情報遅いのね、グランドライン。そういや○ックタウンも、なんか凄まじく情報遅かったような。………と、

  「思い出す必要はねぇぜ。」

 不意にそんな声がして、何だと?と振り返りかかったその間合いに、自分たちへと倒れかかって来た大きな荷物が幾つかドサドサ。
「な、何しやがるっ。」
「わわっ。頭
かしら、こいつら伸びてますぜっ!」
 がらがら声の首領はすぐには気がつかなかったらしいが、倒れ込んで来たのは市場のあちこちに散らばっていた筈の仲間内。部下の方がそれに気づいて慌てて見せてから、
「何だとっ?!」
 お頭の方も遅ればせながら気がついて驚いて見せる。そんな様子へ眸を眇めて、
"…大した連中じゃないな、こいつら。"
 みたいですねぇ、剣豪殿。そう、バザール内で怪しい動きで自分たちを監視していた連中を片っ端から全て薙ぎ倒し、掻き集めるかのように引っ絡
からげて此処まで連れて来てやったのは、麦ワラ海賊団が誇る凄腕戦闘隊長のロロノア=ゾロ氏。自分たちの逗留中の宿を見張っていた連中の方は、シェフ殿と狙撃手に任せた。市場の方に出掛けた自分たちへの監視の必要もあって、相手も二手に分かれていようし、何となれば"ハナハナの実"の能力者にして"間接技サブミッション"の名手でもあるロビン女史もいるのだから、どんなに大人数であれ心配は要らない。息の根を止めるほどの撃退は本意ではないが、相手が盗掘団であった場合、自分たちがヒントを得てどこへ向かったのかは曖昧にせねばならないから、一応は徹底的に伸させていただく必要があり、こういう"こちらから仕掛ける作戦"を取らせていただいたという訳で、
「あとはお前らだけのようだな。」
 怪しい賊たちが"賞金稼ぎ"たちだったなら、ルフィとゾロをこそ標的として狙う筈。どちらなのかはっきりしなかったため、こういう組み合わせで2組に分かれておいた彼らだったが、賞金稼ぎならこちらに大多数が割り振られる筈がそうではなかったことから、既にアタリはついていて、
「宿の方を張ってたお仲間はこっちの仲間が叩きのめした。こそこそと嗅ぎ回られんのは好かんのでな。悪く思うなよ。」
 ウソップ謹製昼間用花火"ピカットくん"にて、向こうが無事に出発したとの知らせを先程確認した。やっとこちらも動けると知るや否や、姫の護衛はチョパーに任せた上で、手早く市場の中を回って、その拳ひとつで賊どもを全員絡げて来た剣豪であり、
「本職が賞金稼ぎじゃないんなら余計な食指は動かすな。でないと、要らない痛い目も見ることになるぜ?」
 妙に凄みのある顔になり、大上段からの見下し視線。しかも腰の刀を2本ほどすらりと抜いたりしたものだから、
「ひえぇぇっっ!」
「お、お頭〜〜〜っ!」


            ◇


「おっし、出発だ。」
 尾けて来ていた連中を全員、とりあえずは人事不省状態に叩きのめして、意気揚々と戻って来たゾロの姿に、ドミニク姫はほっと胸を撫で下ろした。見かけは確かに頼もしいが、得体の知れない自分なんかの望みを叶えようとしてくれるほど気さくで優しい彼らは、果たして本当に強いのだろうかと、ほんのちょっぴりだが不安でもあったらしい。重ねられた小さな両手を胸元へと伏せて、見るからに"物凄く心配しておりました"の構えをされて迎えられた剣豪殿は、
"…おいおい。"
 何しろ外見は"ルフィ"であるので、そこはやはり…中身は"別人"なのだという理解はあっても、多少はドッキリと感じ入るものもある。ルフィなら、至極当然といった笑顔で凱旋してきたゾロを迎えるところ。こうまで切ない顔をされると、勘が狂うというのか何と言うのか。頭からしゅるんと解いた黒バンダナを二の腕へと巻きつける彼の傍ら、
「さ、乗ってよ。」
 トナカイ変形のままなチョッパーが、皇女の膝へ"すりっ"と背中を擦りつけた。
《え?》
 キョトンとする"彼女"へ、ゾロも顎をしゃくるようにして急かす。
「良いから乗んな。これから大急ぎで皆を追うんだ。」
 くどいようだが、盗掘団連中の息の根までは止めていない。だから、彼らが息を吹き返す前に、出来るだけ離れて時間と距離を稼ぐ必要がある。
"ま、その前に手当てだの情報の集め直しだのと、手間暇かかるんだろけどな。"
 賞金稼ぎではないと判った以上、尚のこと、自分たちがこれから向かう場所を知られるのは不味かろう。そこで、チョッパーの速足に任せてスピーディな退却をし、馬車で先行している筈の仲間に追いつく…というのが、この作戦の仕上げである。この形態時のチョッパーの脚の速さは野生そのもの、猫科の猛獣の瞬発力さえ跳ね飛ばすというから、馬車をあつらえても追い着けまい。戸惑いからグズグズしている小柄な少年をひょいと抱え、背に回されてあったデイバッグの紐へとしがみつかせると、
「さ、行くぞ。」
 その傍らから駆け出そうとしかかったゾロへ、だが、
「ゾロも乗れ。」
 チョッパーはそうと付け足した。
「………あ"?」
 意外なことを言われて、俺は良いってと振り払おうとしたものの、
「ナミに言われてる。とにかく大急ぎで追っかけて来いって。ゾロの足も速いって知ってるけど、その前に方向音痴だろ? 俺のこと、見失ったらどうすんだ?」
「う"…。」
 …そうでした。この、たいそう凄腕で豪胆で、気は優しくて力持ちで、逞しくって良い声で、いざとなれば数日絶食出来て寝だめも得意で
おいおい、非の打ちどころなんて一切ないんじゃないかってほどの男前の剣豪の、唯一にして致命的な欠点がそれだった。
「ほら、早く乗れ。」
「けどよ…。」
 乗っかるのはまあいい。ただ、そうなると…。どこかまごまごしているゾロへ、
「良いから乗れっ!」
 チョッパーが珍しくも怒鳴って見せる。陰に籠もって物凄く、たいそう強気の迫力で急かされて、
「判ったっ。」
 渋々ながらも素早く、チョッパーの背をまたいで毛並みへとしがみついたゾロだった。当然、先にしがみついていた皇女の上へと覆いかぶさる格好になっていて、
《あ、えと………。》
 かあぁぁっっ…っと真っ赤になったのが、視野の中、指先や耳などからあっさりと見受けられたが、確かに今はそんなことに構ってはいられない。
「行くぞっ!」
 結構重いだろうに、変形すると力も出るのだろうか。ああ、そういえばこの形態の時にソリを引いていた彼だったなと思い出す間も惜しむかのごとく。チョッパーはその一言を発したかと思いきや、いきなりの加速を見せて、まるで風のような速さで駆け出した。
「うわっ!」
《きゃっ!》
「舌を咬むから口は閉じてるんだぞっ。それと、ゾロっ! 振り落とされるなよっ!」
 立派な角に掴まってはさすがに不味いだろうと、最初に掴んだ毛並みをただただ握り締める。後で訊いたら、トナカイは防寒のためにと革も結構厚くて丈夫なのだそうで、全然痛くない訳ではないが人が髪の毛を引っ張られるよりはダメージも断然少ないのだとか。その背に伏す格好になった腕の中、やはり伏せている小さな体が随分と緊張しているのが判る。何しろ中身はやんごとなき姫君だ。幼い頃に父王から抱っこされたのを最後に、殿方とは口さえ利いていないほどの箱入り娘かも知れず。そんな少女がいきなり、男臭さの塊りとしか言いようのない剣豪殿に抱えられては…免疫の薄さからパニックを起こしかねないのではなかろうか。初日に怖がられたことを思い出し、何となく危ぶんでいたゾロだったが、
「………っ。」
 かくん、と。腕の中の体から力が抜けたのを感じ取ってギョッとする。
"…やっぱりなぁ。"
 すっぽ抜けて振り落とされては一大事。ハーネスに掴まっていた小さな手から力が緩みかかるのを見やって、囲うように回していた腕を片方、その胴回りへと回してやりかけたその時だ。
「………お。」
 萎えかけていた小さな体が、急に力を取り戻してしゃんと立ち直る。そして、腰当たりに回されかけていた剣豪の頼もしい腕にそちらからぎゅうっとばかり掴まって来たから、これはひょっとして…。
「…ルフィか?」
「おうっ。何か面白そうだな。」
 声の調子もいつものもの。声音自体は変わらない筈なのに、この懐ろへと包み込む温みも何も、ついさっきまでのそれと何ら変わりはない筈だのに。どれもこれもが何だかとても懐かしい気がして。
「…しっかり掴まってろってさ。それと、喋ると舌を咬むぞって。」
「判ったっvv」
 掛け合う声も何となく弾む。うむむ、とんだ"愛の逃避行"になってしまったようである。
(笑)良かったね、剣豪vv



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